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第3話
貼り出された内示を、喜んでいたのはきっと真田だけだと思う程に、憐れむ声を先々でかけられた。
第四営業部まであるこのフロアの営業企画部は人手不足は慢性化している。総勢八十人の営業マンに対し営業企画部には三十名しかいない。
万年残業続きだし責任も重い。活躍している営業企画部の女性は男並みの体力を必要とされる。妊婦には厳しい職場環境から、寿退社する社員は後を絶たない。
それも営業部の人間との社内結婚は九割を超える。
出会うきっかけは社内しかないと言っても過言ではない職場環境に不安を見せたのは細い糸で繋がれた真田の交際相手だった。
もう、潮時だと思う反面、営業企画部に移動になればこれまでのように女を作る時間も知り合う頻度を絶たれる事はあからさまで、真田自身これから出会う数少ない女性をキープしておきたいというのも事実だった。
でも。
清藤の元で働けるというこの上ないチャンスに細い糸を切ることにした。慣れない環境に戸惑い手一杯になることは目に見えている。そこで彼女を大切にできるかと言えば、答えはノーだ。
言い争いが絶えなくなるという想定は大学卒業後半年続いた彼女がいい例だ。
構ってやれない事から浮気を疑われ、終いには相談役の友人に寝取られた。社会人になって自分の事で精一杯だった真田の痛い過去の恋愛。
それはトラウマのようになり、深く付き合うということをしなくなった。別れる前提で付き合い始める。いつ切れてもおかしくない付き合い方。それが悪い事だとは思えない程に傷ついたのかもしれない。
仕事第一に考えている。仕事は裏切らない唯一の信頼おけるものだとも思っているからだ。
泣きじゃくる彼女に未練などなかった。少しでも疑うならそこで終わり。その程度の付き合いだと思っている。
「どうしても別れるっていうの?」
駅前の噴水前。待ち合わせ場所に使われるその場所で、真田のスーツの裾を固く握りしめる女。それを冷ややかな目で見ているのは誰でもない真田自身だった。
「美奈さ、部署が変わって忙しくなるんだって言っただけでさ、私はどうなるの? って言ったよな? 同じ会社にいるんだから忙しいのは知ってるはずだろ。俺に仕事じゃなくお前を選べって言うの? 俺、まだ二十四なんだけど? これから一生働かなきゃなんねーの。サポートしてくれる彼女じゃなきゃ付き合っていけないことぐらいわかるよね? 学生じゃないんだし、そんな自分本位な奴とは俺は付き合っていけない」
もっともらしい御託を並べて彼女を追い込む。そうでもしないと纏わりつかれるのは御免だとバッサリと切る。
泣きながら踵を返した彼女は駅へと消えていった。
大きく息を吐き、スーツの襟を正し埃でも落とすように生地に指先を滑らせ払い落とす。彼女が消えていった駅とは逆の道へと足先を向け歩き始める。
平日の就業後、それ程までに待ち合わせる人がいない中、スモーキングエリアのガラス越しにその光景を始終見つめている人間がいた。
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