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第4話
引き継ぎも終わり配属場所である営業企画部へと出勤した。
広いフロアの奥には仕切りだけの部長のデスクがある。
営業企画部部長は留守が多い。第一営業部の高居部長とは違い、営業マンと同行しての営業が多いからだ。人手不足は部長にさえ影響している。
部長不在時には課長である清藤がこの部署を取り仕切っていることになる。
朝起きてからの緊張で、無駄な動作が多い真田はコキコキと首を鳴らし指まで鳴らしている。足首まで回しそうなその動きはまるで準備運動。そして勢いよく企画部のドアを開けると、窓口になっている女性社員は無表情で事務的にデスクへと案内してくれた。
窓際の日当たりのいい席だが光を取り込むだけにブラインドが降ろされている。
「真田さんのデスクはこちらになります」
綺麗な顔に無愛想な物言いと態度は、仕事もそこそこに媚を売る女性とは違って逆に好感が持てた。
さっさと立ち去るその姿を見送り、荷物をデスクに置いて清藤の元へ足を向ける。
朝からの緊張はこれが原因だ。
やっと清藤と話すことができる。ポストカードのような姿を見るだけではない。生身の清藤とだ。
足早にそのデスクへと急ぎ清藤のデスクの前に立った。勿論、緊張はマックスではあるが平常心を保つ。
「今日からお世話になります、真田です。よろしくお願いします」
俯いた清藤を見下ろせば男にしては長い睫毛が揺れた。スローモーションのように顔を上げた清藤と目が合う。光に透けるような琥珀色の瞳に自分が映っていると思うだけで身体が高揚していくのがわかる。
そして香水の爽やかな香りが鼻を擽ぐる。
「初めまして、清藤です。早速だけどメール確認と出来ることを振るからよろしく」
それだけを言い放ち、素っ気なくパソコンに向かう。その態度に呆気に取られ驚いたが、仕事だからと一礼をし踵を返した。
「初めまして、真田さん。同じ島の是澤 と言います。分からないことがあったら聞いてください。清藤課長、今大口の契約の取り掛かりで忙しいので」
目の前のデスクに座る何かスポーツでもしていたんだろう太い腕と胸板を強調するかのようにワイシャツの袖を捲り上げた是田が体に似合わない小声で話しかけてくる。フロアを見渡せば誰一人として真田に気付いているものはいない。
溜息を吐きパソコンを開けば、目を引く勢いでメールが送られてくる。その宛名は全て清藤からだ。
それを急いで開き確認していく。
今までとは違う職場に早く慣れなれければ清藤との距離は縮まらない事を自ら再確認し、仕事に取り掛かった。
だが、脳内はさっきの光景が占めていた。長い睫毛に色素の薄い琥珀色の瞳。吸い込まれそうな綺麗な色に一瞬見惚れてしまった。こんな近くにあの人がいる。声もかける事もなくただ綺麗だと見つめていた人が。
意識をそちらに持っていかれないように、画面に集中する。胸中は穏やかではなかったのだが。
正午前後になると各々昼休憩に出ていくようで、時間に縛りはないみたいだと確認し、席を立とうとした。
いつ後ろに立っていたのか気配さえ感じさせず、真後ろから清藤が声を掛けた。
「真田、昼休憩行こう」
それだけを言いスタスタと歩いていく。慌ててその後を追った。
清藤と食事が出来る。それだけで足取りは軽くスキップでもしそうなくらい気持ちは踊る。あの綺麗な憧れがすぐそばで真田と呼んだ。それが堪らなく嬉しかったのだ。
その後をついて行けば外に出るようで、その数歩うしろを歩いた。
「真田、歓迎会ってのはうちはないんだよ。みんなギリギリのラインで仕事を抱えてるから。申し訳ないな。とりあえず俺と歓迎会ランチをしよう」
振り返った清藤は今朝とは全く違う、目尻を下げ甘い笑みを浮かべていた。
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