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第9話
何度も寝返りを打ち、ようやくウトウトと睡魔が襲ってきたのは朝日が辺りを照らし始めた頃だった。
ズシリと重いのは昨日の酒が残っているわけじゃない。
後数時間後に清藤に会うからだが、清藤の顔を思い浮かべるだけで胸が苦しくなり動悸が早鐘のように打ち始める。
これが憧れではなく恋だと確信した昨夜。これからどんな態度で清藤と付き合っていっていいのか何も考えられなかった。寝付けなかった理由はこれだ。
想いを伝えるの何も、清藤と部長が付き合っているのならどうにもならないことだ。それ以前に男の自分が告白なんてしようものなら、ドン引きされ職場にもいられなくなる。
隠し通すしかないこの想いは行き場のない想いなのだと溜息を何度も吐いた。
重い身体にスーツを纏い、いつもの時刻に家を出た。
足取りも重い。だが清藤の期待を裏切るような仕事はしたくないと僅かな隙間に振り回されない仕事欲はある。
自動扉が開き、受付の女性が挨拶してくれる。それに頭を下げエレベーターの前で階を知らせる表示をぼんやりと見つめていた。
「おはよう、真田君」
渋い低音ボイスが後ろから自分の名前を呼ぶ。振り返ればそこには優雅に微笑みながら二宮が立っていた。
「お、おはようございます、二宮部長」
元凶が爽やかな笑みを浮かべ真田の肩に手を置いた。
「君は後ろ姿もかっこいいね。何かスポーツでもやってたの?」
「…高校まで陸上を…」
仕事とは関係ない話題を振ってくる。部長だって四十代でこの長身、同世代の人と比べれば若く見える。
「イケメンだって女子社員が騒いでたのを思い出してな。間近で見れば本当に整った顔をしている。女性は目敏いな」
扉が開き乗り込めば、真横に立つ部長と自分の背があまり変わらないことに背筋を伸ばした。
(部長より背が高くたって…)
そんなところで争っても、部長と自分では雲泥の差があることはわかりきっていることだ。だが少しでも勝るものが欲しかった真田は腹に力を入れ競いながら、早く着いてくれと数字を目で追った。
ゾロゾロと部署に流れる波に乗り営業企画部へと急ぐ。当然、部長はまだ隣を歩いている。
「清藤課長が君に絶大な期待を寄せていてな…営業で培ったものをうちで発揮してくれよ」
肩先をポンと叩き、部長のデスクのある扉へと足を向けた。
それは清藤が期待してるから部長も期待してるという意味なのだろうか。清藤が期待しているから…
その思考をブンブンと頭を振り追い出す。
部長なのだから当たり前だ。貢献してくれ期待してる。という意味だろうと解釈を正す。
(もう、何も考えずひたすら仕事に打ち込もう…)
邪念は就業後に考える…そうでもしないと移動二日目で大きな失敗しそうだと、一息の深呼吸をし企画部の扉を開けた。
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