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第10話

午前中振られた仕事を終え、午後からは先月の引き継ぎの案件で営業の仕事をすることになり、第一営業部に来ていた。 清藤は朝から会議でいなかった。そして部長も。正午前に帰ってきた二人は仕切りだけの部長室で何やら資料と睨み合っている。 確認に行ったわけではない。聞きたいことがあって清藤を訪ねただけだ。丁寧に対応してくれたのだが、相変わらず素っ気ない態度で話が終わると再び部長と向き合った。 それ以上その空間にいれるわけでもなくトボトボと自席に戻る。あんなに至近距離で資料と向き合わなくてもいいのではないかと思うくらいの距離で頭を付き合わせていた。 それに嫉妬心を燃やし平静を装う。これがこれから続くのかと思うと何とも言いようのない胸の痛みが辛さを増しいていくような気がした。 「どうよ、企画部は?こき使われてんの?」 営業部で仲の良かった宗宮(そうみや)がニヤニヤと笑っている。真田の顧客を引き継いだ宗宮は営業先に出向いてた帰り道、何度も羨ましいと連呼しながら隣を歩いている。 「俺が行きたかったよ、企画部。座って仕事がしてー」 宗宮は入社当初、企画部を希望していたらしい。白羽の矢が真田に向いた時にも心底羨ましがっていた。 「俺も清藤課長と仕事してーな。あんな上司と毎日同じ職場なんて最高だよな」 宗宮は清藤のことを随分前からこんな風に言っていた。それがきっかけという訳ではないが、清藤を意識し目で追うようになった。自分と同じ憧れなのかと思いきや、嗜好的に清藤は好みだと、恋愛感情ではなく深く相まみえたいと言った。 その当時は何言ってんだと笑い飛ばしてたが、今は清藤に恋愛感情を持つ真田はリアクションに困っていた。それも仕方がない。昨日自覚したばかりなのだから。 「厳しい人だよ…容赦ないから」 自分に対してはまだそんな風に厳しくはないが、地鳴りがしそうなそれでかつ、静かに戒める怖さを持っている。ガツンと怒られるのとではダメージが違う。それを昨日と今日のたった二日間で目の当たりにしていた。 「それ、企画の奴がみんな口を揃えて云うよな。そんなにこえーの?ゾクゾクするよな、あの容姿で怒られるとさ」 宗宮はマゾなのか。自分ならミスをしないようにピリピリしながら仕事をしようとするが。 「それにしてもお前は顔で仕事取ってきてたんかよ、行く先々で『イケメン真田君はもう来ないのか』って言われてるぜ。イケメンじゃなくてすみませんって、なんで俺が謝んなきゃなんねーの」 仕事の不満を気安い真田にぶつける宗宮は営業向きではない。自分なら、顧客が増えればそこからもっと増やしてやろうと思う営業タイプの人間だ。だからと言って異動先を代わってやりたいとは冗談でも 口に出来なかった。清藤のそばで仕事が出来る幸せは、他にはないのだから。 「そう言うなよ。それに顔で取ってきてるわけねーだろ。これから受注増やしてもらえるように頑張ってくれよ」 そう云うのが精一杯だった。大概、今の真田は余裕がなかった。 「今日さ、このまま直帰なんだから飲みに行こうぜ。聞いてくれよ、真田しか愚痴れる奴はいないんだからさ」 面倒くさいことになりそうだと内心溜息を吐く。その溜息は『直帰』という科白で高鳴り始めた動悸を抑えるように吐いたのでもあったのだが。 ゴホンと咳を払う。 スマホを握り締め清藤へと確認の電話を掛ける為に声を整えようとした自分は、清藤に良く思われたいと自制しがたい感情が働き、呆れるように苦笑した。

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