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第11話

子供じみたことだと笑えばいい。背の高さを競ったり、少しでもいい声で清藤と話したいと思う自身はまるで子供の見栄の張り合いのようだとわかっている。 それでも、自分をよく見せたいと思うのは誰もが持っている。恋とは何とも愚かだと思う気持ちはある。 (仕方ねーんだよ。二人っきりで話すことなんて、同じフロアにいてもないんだから) そう眺めているだけ。触れることも話すことも、もちろん自分の気持ちをアピールすることもできない。後者はどうやってすればいいのかもわからないのだが。 『お疲れ様です、真田です…』 ガヤガヤと煩い傍からの音でフロアにいることはわかる。営業先での仕事が終わったことを告げると、途端、清藤のスマホから煩く聞こえていた音が消えた。 『お疲れ様。高居部長から連絡きてるから直帰でいい。いいけど、真田、今どこだ?』 声を作った真田よりもいい声が耳に届き、胸が跳ねる。 『先方を出たところなんで…』 『そうか…ところでこの後の予定は?』 自分の予定を聞く清藤が何を思っているのかわからない。だが、早まる動悸は胸だけでなく耳の奥からも脈を打つように聞こえてくる。自分の予定を聞かれ期待を持った鼓動は脈拍を上げていく。 『…今のところはありませんが…』 『なら、飯食いに行こう。駅の噴水前で待っててくれ』 その先の真田の返事を待たず通話は途切れた。 「ごめん宗宮、一旦戻るわ」 マジかよ〜と嘆きを上げた宗宮を置き去りにする勢いで足を早める。 「どんだけ、企画部は働かせるんだよ、社畜じゃねーか」 自分が働くわけでもないのに泣き言を言いながらついてくる宗宮はとりあえず同じ電車で帰る気はあるみたいだ。 「わりーな。埋め合わせはするからっ」 そんな宗宮を待つ気はなかった。もう駆け出している真田は陸上経験者。追いつけるわけでもない宗宮は早々に諦めて「お疲れ〜」と真田に声をかけた。その声に振り向かず手だけを振る。 急ぎの仕事があるわけではないのに、社畜扱いをされた真田はそれどころではない。 清藤と食事に行けるというだけで陸上で鍛えた脚を生かし、駅までの距離を全力で走っていた。 社がある駅までは五駅先だ。急行に乗れば二駅。願うべくホームに駆け上がった真田は到着したばかりの急行に乗り込んだ。 何をどうするわけでもない。昨日気付いた気持ちを持て余すことになるかもしれない。それでも清藤と二人の時間はこの先、いつあるかわからない。明日は休みだから気兼ねなく時間を気にすることなく、清藤と話すことができる。 あの日に自分に向かられた笑みを思い浮かべながら、真田は噴水前まで飛んでいきたい気分だった。

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