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第26話

この二人の考え方はどうにも真田には理解出来なかった。 昨日の今日。一夜を共にした後のこの状況、迅速で合理的でもそこには人の想いが付いて回っている。 親友を紹介してくれるのは嬉しい。普段の清藤を見て感じて昨日よりもっと惹かれている。だが、真田の心は置いてきぼりだ。一世一代の告白をし想いが通じてまだ余韻に浸っていたいと思っている。 何度も噛み締めて嬉しさを実感したい。そして少しでも清藤とこの気持ちを共有できれば嬉しい。そんな時間が欲しい。 性急すぎる…同性の恋人を紹介され、それをすんなり受け入れる目の前の人も。 この二人は意気疎通をしてるにしても真田にとっては疎通はおろか、清藤さえ手探りなのだ。職場での清藤しか知らない真田にとってどこまでも先にいる清藤を引き止めこちらを向かせたい、こっちを向いて欲しいと思ってしまう。 そんな真田の気持ちを知って知らないふりをしているのか、三谷の持ってきた資料を見ながら二人で何やら話し込んでいる。元々、二人で会う予定だったんだろう。 そこに自分が居たが為に紹介しようということになった。 それは…親友が一番自分は二番… と位置付けしようとしてやめた。折角清藤と居るこの時間にそんな馬鹿げたことを考えたくなかった。 木製の背もたれに身体を預け、真田は目の前に置かれたコーヒーを啜りながら話の見えない二人の会話をぼんやりと聞いていた。 隣に座る清藤はいつの間にか課長の鎧を纏っている。仕事モードなその姿にさっきまでの清藤を思い出していた。 柔らかに笑いかけるその表情は職場では見せない顔だ。当たり前なのだがプライベートな清藤は甘く柔らかな空気を纏っている。 職場での清藤は憧れでもあり目標とする上司だ。追いついて肩を並べ同じ目線で仕事がしたい。 見せかけでも張り合う気持ちはあるが次元が違いすぎることは分かっている。それでも追いつきたいと思うのは上を目指す者なら誰だって思うことだろう。 そんな上司を恋人にしてしまった。憧れていた清藤に惹かれていつの頃からか恋心に変わっていた。 どうしても清藤を手に入れたいと思った。そんな自分を受け入れてくれた清藤の懐の深さに到底追いつける相手ではないと分かっている。 それでも…清藤が好きな気持ちは止めれないし、あの部長に抱き込まれる光景を思い出す度、誰にも触らせたくないと独占欲を剥き出しにしてしまう。浅すぎる懐は大人の形(なり)をした子供のままだ。 こうやって蚊帳の外で清藤を見ているだけで、何故こっちを見ないのかとさえ思ってしまう程、幼稚な我儘を発動させている有様なのだから。 「真田君、飽きちゃってんじゃん。お前夢中になると周り見えなくなるから」 そう言って清藤の前髪に触れる。それを振り払おうともせず清藤はテーブルに置かれた資料に夢中だ。 「…友海さん?」 (何で触らせてんの?俺の目の前で) それを言葉にしたら清藤はどんな顔を見せるだろうか。どんな顔でもいい見たいと思ってしまう。こっちを向いてくれるのなら。振り向いた清藤は我に帰ったのか、ああ…と言い、目の前の親友に視線を向ける。 「お前……確信犯だろ。元希の嫌がることすんな」 「ははっ、俺も真田君もほったらかしで夢中になるお前が悪い。それ持って帰って考えて。よろしく頼むよ」 テーブルに置いていたスマホをポケットに突っ込み、伝票を持って三谷は立ち上がった。踏み出した足を止め、真田と清藤を交互に見つめ笑みを浮かべた。 「清藤、大事にしろよ。そうそう変人のお前なんか好きになってくれるやつはいないんだから。真田君も呆れずに仲良くしてやって」 じゃあな、と言い残し颯爽とあのシャビーな玄関の方へと消えていった。 「お前が心配することは何もないよ。あいつはああやって人に触りたがる。俺だけにじゃないよ、誰にでもだ。手に触れる感触でイメージが湧くらしいから」 資料を封筒に戻し、丸いテーブルに肘を突いて清藤は真田の顔を見て溜息を吐きながら眉を下げた。 「なんで、そんな顔してる?何でも言って?ここには誰もいない」 扉の向こうには沢山の人がいる。だが目隠しを貼られているガラスと観葉植物で遮ったこの空間に人の目は届いてこない。 「誰にでも…触らせないでください…それだけは絶対嫌です…」 「わかった。触らせないよ、約束する。他にもあるんじゃないか?」 膝を付き合わせ清藤は聞いてくる。触れる膝先は布越しでも清藤を感じさせてくれた。自分を見てくれるその瞳。何故かそれだけで嫉妬で渦を巻いていた胸中は穏やかになっていくようだった。 「俺…まだ噛みしめたい期間なんで…追いつくまで…置いて行かないでください」 抽象的な物言いに清藤は視線を外し、どこかに視線を向け何かを考える素ぶりを見せた。 外の音を遮断したこの空間は静かに時を刻んでいく。清藤と二人っきりでいるような感覚に陥りそうになる。その間も真田は清藤をじっとみつめたままでいた。 「…昔、お前の時間で周りは動いていないって言われたことがある。俺は即行動派で…今は考えるようになったんだけど…俺は、お前と出来る限り同じ時間を過ごしたいと思ってる。追いついてくるのを待つんじゃなくて隣にいてほしいから…先に行こうとしたら言ってくれ」

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