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第46話

会社から少し離れた居酒屋というより高級料亭と言った佇まいの店の前でタクシーは止まった。 部長は一足先に着いていると聞き、寄越されたタクシーに乗ったのだが。営業部の部長とはえらい違いだと思った。高居部長はご機嫌とりは上手いが何かと細かく大衆の居酒屋を好み、飲み会でも綺麗に割り勘にしていた程だ。 二宮は企画部長と統括部長という肩書きを持っているだけあって稼ぎが違うんだろう。高居と比べる訳ではないが格が違うと感じていた。まあそれ以前の問題のような気もするが。 醸し出すオーラは有無を言わせない迫力があり、その割には気さくに関わってくれる気安さはある。それに社員全員の名前を覚えているのではないかと思う程、記憶力がいい。それを思わせたのは入社して間も無くの頃、挨拶する度に名前を呼ばれていたからだ。真田だけではない。他の社員にも気さくに話しかける二宮はその容姿の美しさも相まって人気がある。 料亭のような佇まいに足を踏み入れれば、完全個室のような店内は長い石畳が引き詰められ、どこかの庭園を思わせる様式になっている。昔は料亭だったのかもしれないと見回しながら案内された部屋の立った清藤は振り返り蕩けそうな可愛い笑顔を見せた。 タクシーの中ではずっと手を繋いでいた。可愛い笑みを振り撒きその甘さに真田はそれはダメだと諭すように何度も左右に首を振った。 それさえ嬉しそうに笑って返す清藤に頼むからその可愛さを振りまかないでくれと溜息を吐く。 「友海さん、顔、緩んでます。ダメだから。他の人にそれ見せないで」 懇願するように放てば、ちゃんと伝わっているのかと疑う程のさらに甘い顔を見せる。 「元希に可愛いって言われるのこそばゆくて、いいな」 そう言いながら周りの気配を伺った清藤は真田の唇に触れるだけのキスをした。不意打ちのキスで一気に熱を持つ頬に清藤が笑う。 「その可愛い顔、部長に見せないでくれよ。妬いちゃうから」 そう言って引き戸をノックした。 …クソっ、どっちが可愛いんだよ……と悪態を吐いても所詮惚れた欲目だとわかっている。だが清藤のほうが数万倍可愛いとその背中を抱きしめそうになるのをグッと堪え、深呼吸に溜息を混ぜ清藤の後をついて行く。 中は完全な個室でシックなテーブルと居酒屋とは思えない座り心地の良さそうな椅子、壁にはモノトーンな一輪の薔薇の絵が飾られていた。四人掛けの少し大きめのテーブルの奥、壁際を二宮部長は陣取っていた。 「さあ、座って座って。今日は無礼講だからさ」 無礼講だと言われてはいそうですかと言うほど付き合いがない真田は『そんなことできるわけねーじゃん』と戸惑い笑顔を引き攣らせた。奥へ座るよう清藤に背を押され、壁際の部長の目の前に座った。 「俺の前ではいつも無礼講だよね、誠治さんは」 その衝撃に真田の心臓は勢いよく跳ねた。 部長の名前を呼んだ清藤はさっきまでの笑みとは違う笑顔を二宮に見せている。それはそれでホッとするところではあるが、二人の時は名前で呼びあっているのだと思えばモヤモヤと胸がくすぶり、ここに来た後悔が湧き始め、この先の二人の関係性を知ることに真田は嫌な予感しかしなかった。

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