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第53話

見る見るうちに溢れた涙を零さないように親指で拭うと清藤の長い睫毛がふるふると揺れ、真田の胸にグリグリと顔を埋めた。 今を大切にしたい。そんな毎日を疎かにしてしまった後悔でもあるのかと勘ぐってしまう清藤の過去。 また人を好きになれて良かったとも取れる二宮の言い草といい、清藤の過去には重くのしかかる何かがあるのかもしれない。 だがそれを聞くのは清藤から聞き出すなんてことはしたくない。いつか話したくなるまでは聞かないと決めている。二宮が知っているからこそ知りたがらないわけではないが。 「今を大切に、一緒に居られる時間はもっと大事にしたい。声を上げて笑ったり言い合ったりしたい。生身のあんたを独り占めしたい。それといつかもしも……って思うのは禁止だから。そんな仮定なことで不安になる必要はないよ。不安ならいつだってこうして抱きしめるから」 もそりと頭を起こした清藤の目は赤く濡れていた。だがその表情は柔らかく笑みを注していた。 「かっこいいな元希……俺、愛されてるんだな……」 「何言ってんですか、当たり前でしょ。男抱きしめて幸せな気持ちになるのはあんただけだから。これからの俺達のことだけを考えて楽しく暮らしていきましょ」 もう二宮の知っている清藤の過去なんてどうでもいいと思っていた。知らなくてもいい情報じゃないのかとも思い始めていた。 今の俺達というならこれからの俺達がお互い不安にならないようにすれば良いとさえ。二宮に張り合っているわけではないが面白くないことは知らなくてもいい。 清藤を抱えながらこの人がここにいてくれるだけでいいと納得し始めていた。 そう。反応し始めた愚息を清藤の長い指に囚われるまでは。 「な、何してんです?いい感じに収まったのに」 「いや、反応してくれると嬉しくて、時間ないから口でもいいか?」 返答を待たず口に含んだ清藤の髪を優しく撫でた。この人を征服させたような感覚に陥るこの行為にゾクゾクしている自分はこいつは俺のものだと優越に浸りそうになる。 前髪を搔き上げると絡まった視線は熱を含み掻き抱きたい衝動に駆られた。 と同時に絶頂を迎え「早いな」と呟いた清藤の科白に、賢者タイムが訪れたのはいうまでもない。 征服したいわけではない。せめて対等な立場に……と、まだまだ先は長いようだ。

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