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第56話
タクシーがどこに向かっているのか、この景色はあまり見ることがない。いや今の真田には見る余裕なんてなかった。
マンションから西に二十分程走っただろうか。公園の前に横付けされたタクシーから降り、清藤の後姿を見ながら歩いていく。
公園の脇の細い小道を抜け商店街を横切り、路地をクネクネと曲がった先に渋い建物が見えてきた。瞬間、真田は清藤の祖父の店だとインスピレーションのようなものが働いた。
どこか古いイギリスを思わせる風情が思い浮かべていたものを一致したからだ。
何も言わず清藤の後ろを歩いている真田は緊張していた。近付くにつれその緊張は清藤にまで伝わっていた。少し様子を伺うように振り向いた清藤と目が合い真田はふっと息を吐いた。
「手足一緒に動いてるよ」
慌てて自分の手足を覗いた真田に声を上げて清藤は笑う。
「嘘だよ、そんなわけないだろ」
腹を抱えながら清藤は笑い、首元まで真っ赤に染めた真田はそう言われてもおかしくないほどに緊張していた。
「したかないですよ、自分の手足の動きまで管理できません」
緊張で心臓が飛び出そうなくらい跳ねているのに、手足がどうなっているかなんて知ることはできない。
腹を抱えヒイヒイと笑う清藤を横目に手のひらに人文字を書いて飲み込んだ。学生時代からこれが緊張によく効く。
それを見た清藤は座り込んでツボった笑いに悶絶していた。
蹲り笑いに転がされている清藤は面白くない。何にそんなにウケているのかわからないが真田は真上から、清藤のつむじを見つめて呟いた。
「友海さん、俺、緊張でどうにかなりそうなんで手繋いでもらってもいいですか?」
ここは往来の清藤の馴染みのある場所だ。反撃のつもりでそう言い放った真田は、笑い終わった清藤が緩んだ目元を指先で抑えながら至近距離に立ち上がり視線を絡ませてきた。
どきりと心臓が跳ねる。この距離の先にいつもなら甘いキスが待っているからだ。ジリジリ近付く清藤の綺麗な顔が真田の葛藤を大きくした。
「それ。いいかもな」
後数センチで唇が触れそうだった。ドキドキと心臓の爆裂音が耳の奥まで占領している。
手を救われ指を絡ますように繋げると手をひらをしっかりと合わせた。
真田の意識は清藤の祖父に対してだったのだが、いつのまにか往来で手を繋ぐ羞恥に全神経が向いている。
それを悟った頃、真田は清藤の偉大さを悟ったのだった。
……勝てる気がしねぇ……と呟いて。
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