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第60話
「何でも話すのって勇気がいるよな……でも元希には知っていてもらいたいことがある」
また珈琲を一口口に含み、ゆっくりとテーブルに戻す。その動作から清藤の緊張が伝わり微かに震えるテーブルに置かれた片方の手を包み込むように握りしめ清藤の言葉を待った。
「……三年前、付き合っていた人が亡くなったんだ……」
突然の告白で真田は息を飲んだ。だが真田の手は清藤の緩めた掌に滑り込みしっかりと手を繋ぎ続く言葉を誘った。
「彼女とはこの祖父の店にスーツをオーダーに来て知り合った。彼女は……間違えてこの世に女性として生まれてきた人だった」
噛みしめるようにゆっくり話す清藤の視線はカップの中で揺れる黒い液体を見つめている。
「ずっと性に悩んで生きてきた人だったんだ。その彼女に俺は惹かれた」
ポツリポツリと清藤の口から溢れる過去。勇気を振り絞り自分の言葉で伝えてくれる真実を真田は何も言わずじっと聞いていた。
「彼女は大学を卒業してから海外で働いていて、祖母の危篤の知らせで帰国した。彼女はここにセレモニースーツをオーダーしにきたんだ。褐色の肌に黒目の大きな瞳。女性にしては背の高い中性的な印象だった。一目惚れだったんだと思う」
異国の香りが漂う彼女は魅力的だったという。そして二人の遠距離恋愛が始まった。
「元々彼女は海外で起業したくて就職してたから、こっちには帰ってくるつもりはなかったんだ。だけど偶然俺と知り合ってしまって、彼女は頻繁に帰国してくれた。俺も大学生だったし、なかなか会いに行ける状況じゃなかったから……それでも俺達は上手くいっていた。彼女の仕事に対する姿勢も尊敬していたし、俺も卒業してから忙しくしてたし、お互いの近況を色んな話を寝る暇を惜しんで話した」
言葉を詰まらせる清藤の手のひらを両手で包んだ。真田の手をしっかりと握りしめ、清藤は大きく息を吸った。
「友人の車で出かけていて交通事故に遭った。即死だった。一緒だった友人と逝ってしまったんだ」
真田の脳裏に浮かんだ不謹慎な疑問。それは……亡くなった友人の性別だった。男に生まれたかった恋人のそばで亡くなったのは女性ではないのかという疑問だった。不謹慎すぎる。だがその場に居合わせたわけでもないのに不穏な空気が漂った気がした。
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