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第68話
自分が感じた不快感や心諸を動かされ感情を剥き出しにするその様に、重く沈んだ錘が軽くなった気がした。
「お前が忘れようとして忘れられないのは許せない。お前のここは俺でいっぱいじゃないと嫌なんだ」
独占欲を露わにする清藤に胸を締め付けられその身体を引き寄せ抱きしめた。
「思い出すのが嫌で違うもので紛らわせても上手くいかなくて。友人の顔を見ただけであの頃の感情に引き戻されて振り回されてるってことはそういうことなんですよね……」
「忘れられない嫌なことって誰にでもあるけど、相手からやってきたんだからこの際、断ち切ったらいい。相手だって何かしらそう思って来たんじゃないのか?」
身体を離した清藤の瞳は揺れることなく真っ直ぐに真田を見つめている。
そこに映る情けない顔をした自分の姿に息を吐いた。
「逃げてても解決しないんですよね……」
「そうだよ。俺がついてる。ちゃんと話してぶん殴ってスッキリすればいい」
物騒なことを言いながら微笑んでくれるその顔に笑みが零れた。
「……連絡してみます……」
「善は急げだよ。連絡先知ってるんだろ?」
つい数時間まで辛い過去に気持ちを沈めていた清藤は憑き物が取れたかのようにスッキリした顔をしている。それは少しでも自分が関わって消化出来たのなら嬉しいと真田は思った。
ポケットからスマホを取り出しスクロールしながら河野の番号を探す。そして画面に表示されたそれをタップした。
コールは二度なり通話に変わった。
『真田?』
もう話すことはないとついさっきまで思っていたはずの相手に腹立たしさは繋がれた清藤の手で緩和される。
「河野、今どこにいる?お前の話聞こうと思う」
真田の手を両手で包み込む清藤の体温は苛立ちを抑えてくれていた。何度も清藤と視線を合わせ大丈夫だと頷いてくれる優しさに真田の言葉は穏やかになっていく。
待ち合わせ場所を決め、通話を切ると長い溜息を吐く。視線を絡ませて微笑む清藤は優しく抱きしめてくれた。
「頑張ったな」
そう言って背中を撫でてくれる。
即座に決めた場所と時間で清藤のマンションを出て待ち合わせ場所に向かう。清藤は他人のフリをして近くにいてくれると言った。
「折角の夕飯、すいません」
清藤の手料理を食べ損なってしまったことに河野に対する憎悪に上塗りをする。
「大したものは作れないからなぁ、そんなに期待されると困るけど。手料理は来週な」
隣を歩く清藤の手の甲が時折触れ、もどかしさを感じながら、今更なんなのかと河野に対する怒りを隠し、それでももう終わりにしたいと思う気持ちが真田の背中を押す。
それを見届けたいと清藤は言った。真田の全てが自分に向いていないと嫌だと。
すれ違ってしまった彼女への想いを清藤の心から押し出し、自分が占めたいと思うのは清藤と同じだ。
見届けたいと言った清藤の言葉は判る気がした。
いつもと同じように背筋を伸ばし隣を歩く清藤は、真田を見上げては大丈夫だと言わんばかりに微笑んでいた。
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