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第70話

微かに身体を震わせ俯く河野はぎゅっと瞳を閉じている。男に告白をしたのだからそれ相応の勇気を振り絞ったのだろう。 ぼんやりと思考が働かないまま真田は河野を見つめていた。向けられた好意は自分に向かっているものであってそれを受け入れる、いや、理解することは容易ではなかった。 学生時代の河野は、明るい性格とその容姿に誰もが惹かれ人気者だった。 田舎育ちの右も左もわからない真田に声をかけ親しくしてくれた友人だった。そういえば最初に話したのは河野だったことを思い出す。 いつどこでそんな感情を持つことになったのか、思い起こしても真田に分かるわけがない。 「……一目惚れだったんだ……俺は同性しか好きになれなくて……お前が、好きになった女が当たり前のようにお前の隣に立って、お前のことを悩んで相談してきた。俺がどう足掻いたってそこにいけないものを手に入れてる女が嫉ましくて羨ましかったんだ。真田を苦しめたいなんて思ってなかった。悪酔いした彼女が帰りたくないって……お前が苦しむの判ってるのに伸ばされた手を取った。心のどこかで簡単に真田を裏切るような女は見限られたらいいって思った。俺が手に入れたくても入れられないもの……」 当時を思い返しているようなそして、言葉尻が震え消えてしまいようなくらいか細い声が微かに聞こえた。 河野の言い分だけではその当時のやり取りははっきり言って判断するのは難しい。二人は酔っていたんだろうし、今更どちらが仕掛けたなんてどうでもいい話だった。 ただの浮気なら二人を憎んで憎みぬけばいい。だが河野の気持ちを今ここで聞いてしまった真田の憎しみは違った形を見せる。 「お前……河野がそんな風に俺を見ていたのは驚いたけど……その言い分は真っ当だと思うよ。寂しさを他人で紛らわすなんて許されないことだと思う。彼女がそんな人間だと知れて今は良かったと思うし、浮気相手がお前で良かったのかも知れないと思う。でもな、俺は許せない。信用していたお前と惚れてた女が浮気したんだ、俺の気持ちになってみてよ。誰も信用できなくなった。誰かに気を許すなんてできなくなったんだ」 誰も信用できずどうでもよくなった真田は付き合ってくれと言われればなんの感情も持てないまま付き合って傷つけ捨てた。最低なのは自分も同じなのだが、その元凶はこの二人だと心の傷は癒されることはなかった。 「河野の気持ちを聞いて、俺がいい返事をするなんてことは思ってないだろうけど……その勇気は凄いと思う。同性に告白する勇気は並大抵の勇気じゃないよな。でもさ、俺は今、大切にしたい人がいる」 ゆっくりと顔を上げた河野と目が合う。紅く濡れた瞳から涙が零れ落ちた。 「わかってるし……知ってる。真田に会いたくて少し前からマンションや会社に行ったから……お前が……男を選ぶなんて……そんなのって……」

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