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第72話
並んで歩く清藤は幾度となく真田に見せる顔は、無表情で何を思っているのかは伺えないがその表情は怒っているようには見えない。手早く弁当を買うとさらに早足になった。
もうこうなれば競歩並みの速さで競い合っているようで笑いがこみ上げる。それでも清藤は真顔のままマンションにたどり着いた。
息が上がった真田とは違い、息の乱れていない清藤はいつものように冷静な顔つきでエレベーターを待っている。普段から早足の清藤にはこの程度のことでは息さえ乱さないのかと、何故か悔しさが込み上げた真田は隠すように大きく深呼吸を繰り返し整えた。
玄関の鍵を回しドア開けた清藤は、真田の顔を傾げるように見て先に入るように目配せをした。先に足を踏み入れ、靴を脱ごうと振り返る真田を勢い良く清藤は床に押し倒した。
ゴンっと派手な音がした割に待ち構えた痛みは襲ってこなかった。それは清藤の熱を持った唇と隙間を割って入ってくる舌が、真田の舌を探し当て絡めとり、意識は別の所に向かったからだろうか。
抱え込まれた後頭部は清藤の掌が支えていた。下敷きになっているのは咄嗟に庇ってくれたからだろうと真田はその優しさに胸が熱くなる。
きっかけを作ってくれた清藤に心から感謝している。一緒に行こうと言ってくれなかったら、これからも真田は河野に会うことはなかっただろう。
こうやって清藤を愛していても心の隅に引っ掛かり、重い過去を引きずったまま過ごしていただろう。
清藤の元カノのようにもう二度と会うことが出来ないならまだしも、いつかどこかで偶然出会い、また胸糞悪い過去を思い出す日がきたかもしれない。
今の真田の心中はずしりと重い錘がスッキリと取り払われ、ただ目の前の清藤の痴態に愛おしさで溢れていた。
真っ直ぐに清藤だけを愛せる自分。過去と決別し、気持ちはスッキリと曇りはない。それは自分から初めて欲しいと手を伸ばした清藤に与えられた勇気だった。
やはり敵わない人だと思う。自分のことになると臆病になるこの人が、人のことになると判断力と行動力は凄かった。仕事では感じるものが自分に向けられるとこんなにも後腐れを感じない爽快感を与えられたのは、この人の人間力とでも言うのだろうか。
敵わない。でも追いつきたいと思う気持ちは、その背中を見て真っ直ぐについてくればいいと言われているようで、その後を離れないように追っている。
恋愛でもそんなのは堪らないが、この人の決断力と行動力は計り知れない。
「色んなもん惹き寄せて……俺だけを見ててくれよ……」
思いがけないその科白に見下ろしたその瞳と視線を絡めた。
「あんたしか見てないから。付き合ってくれてありがとう。友海さんがいてくれなかったら俺、河野に会ってなかった」
「それは、俺のためでもあるからな。こんな展開になるとは想定外だけど、お前がちゃんと伝えることができたのはお前の勇気と決別したいって思う気持ちだろ?友達から告白されても動じない元希は凄いと思うが……ただ、お前は入社してからも……色んな奴を惹き寄せて……悪い虫は早く退治しておかないと心配で仕方ない」
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