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第81話
始業開始ギリギリに出てきた二人は何やら重い表情で目配せをし、二宮を見送った清藤は大きく溜息を吐いて自分の席に戻った。
ただならぬ雰囲気で始まったと思っていたのは真田だけではなかった。
隣に座る是澤が椅子に座ったままズルズルと移動し真田の隣に収まった。
「噂なんだけどさ、シンガポール支社の社員が亡くなったらしいよ。あそこは過重労働だからって誰も行きたがらないし……過労死とかなんですかね……」
過重労働は日本だって一緒なのだが、外国からの輸入品はシンガポール支社が我社の要となっていて、世界中のあらゆる場所に飛び回らなければならない出張の多い支社ではある。
社長夫人の故郷ということだけで作られたと聞いているが、そんな理由で支社を作ったんだろうかと研修中に感じたことを思い出した。
社員が亡くなる。それは勤務中であれば一大事だ。休日でも一大事だがその内容にもよる。
それが清藤と二宮のあの重い雰囲気に繋がるのだろうか。
嫌な予感しかしない。こんな時の嫌な予感は……いや、今は考えないでおこう。
清藤の言葉で聞くまでは。
そう思いながら山積みの仕事に追われていった。
ポケットのスマホが震えているとこに気づき、清藤の姿を探した。デスクにはいない。時計を覗けば十二時を大幅に過ぎてきた。
ポケットから取り出し画面を見れば「いつもの所にいる」と清藤からメッセージが画面に浮かんでいる。
いつもの所……真田は急いで立ち上がり迷わず早足で歩き始めた。
ガラス扉の向こうには階段があり、空へと繋がっているかのように見える景色の先は喫煙者を追いやるスモーキングスペース。
夏は耐えがたい炎天下で冬は過酷な寒さに耐えなければいけない空に近い場所だ。じわじわと禁煙を迫るような場所は小さな庭のような造りになっていて、木々が生い茂りなんとも不釣り合いな空間だと感じた真田とは違い、嗜好家達への思いやりのある憩いのスペースだと清藤が言った。
「緑を見ながら吸えるなんて都会ではなかなか出来ない癒される空間だろ?」
その真意は分からないが、真田は紫煙を吐き出す清藤の所作にその場所で何度も見蕩れていた。
階段を上がり周りを見渡せば、木々と花壇の隙間に置かれたベンチに腰掛けスマホを耳に当てた清藤の姿が見えた。
そっと近づくと顔を上げた清藤と目が合い、ベンチを叩きここに座れと身体をづらしながら会話を続ける。
「そうですね、では十八時に」
終話をタップした指先はそのまま真田へと伸び、仕舞い終えた手を迎えるように真田の首元に巻き付き合わさった。
「夕方、二宮さんと通夜に行くから。終わったら部屋で待ってて」
掠れた声と煙草の匂いに包まれた真田は、絡みつく清藤の身体を優しく抱きしめて頷く。
やはり社員が亡くなったのだと事実を知り、会社では絶対見せない清藤の仕草に戸惑いながらも、真田は今朝感じた嫌な予感が心に広がっていた。
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