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第82話

ガチャリと嫌に大きな音を立てる合鍵を使い清藤の部屋へと入る。 住人のいない部屋に勝手に入るのはしんみりとしていて苦手意識が強い。 物の少ない清藤の部屋は閑散としていて清藤がいつも置く場所に鞄を置くと、清藤の座る空間を空けソファに座り居心地の悪い雰囲気の中、身体を沈め部屋を見渡した。 昨晩干していた洗濯物が目に入りネクタイを緩めながらそれを畳もうと腰を上げる。 社員の遺体が日本に帰ってきて家族の元で葬儀を行われている。是澤が仕入れてきた情報で独身だったことを聞いた。清藤の同期で過労死ではなく交通事故だったことも。 営業部に資料を届けに行けば、後釜は誰が行くのかとその話題でもちきりだった。 清藤クラスの役職者は転勤はそう無い。我社は家族と離れて暮らす単身赴任は特別な理由がない限り出来ない。そのための社員寮がどこの支店にもある。 だが、独り身ならどうだろう…… 清藤がその後釜になるとすれば? 嫌な予感は不安に変わり重くのしかかる。 ……ここで思い悩んでも仕方ないんだよなぁ。あの人の言葉で聞くまでは何を聞いても信じたくない…… 畳んだ洗濯物をクローゼットに仕舞い、清藤がいつ帰ってきてもいいようにコンビニで買った塩を玄関に置く。 重い身体を引きずるように部屋に戻ろうと踵を返した時、玄関の鍵がガキャリと音を立てた。 「ただいま。どうしたんだ?そんな顔をして」 どんな顔をしてるのかなど見えるわけのない自分の表情だか予測は出来る。 不安に覆われた自分の顔は情けないのだろうと。 その華奢な身体を抱きしめて少しでも不安から逃れたい。 だが、理性の働く頭はそうはさせてくれない。 足元に置いたティッシュの上に広げた塩に視線を落とすと清藤は、ああ、と納得し塩を踏んだ。 「元希の親御さんは凄いなぁ」 なんでここに親が出てくるのか分からないが意味深げに関心しながら清藤は礼服用の靴をぬぎ、立ち尽くす真田の胸にすっぽり収まった。 「疲れた」 一連の動作をぼんやりと見つめていた真田は、そう呟いた清藤の体温で意識を取り戻したかのように、抱きしめたかったその身体を離さないとばかりにしっかりと抱きしめる。 「お疲れ様です。飯は食いました?」 時間を考えると食べる暇などなかっただろうと思いながらもそう尋ねてみる。 「部長に誘われたけど、喪服だし、お前が待ってるからって帰ってきた。買ってきたから一緒に食べよう」 手にぶら下げたナイロンの袋が背中に当たった。 抱擁に満足したのか清藤は触れるだけのキスをして、ニ人の時にしか見せない甘い笑みを見せ部屋へと向かう。 しっかりと真田の手を握りしめて。

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