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第83話
テーブルに暖かい弁当を広げた清藤は行儀正しく手を合わせた。
その細く長い男にしておくには些か勿体無い綺麗な手を見つめながら向かい合うように座った真田も手を合わせる。
清藤は僅かなスペースを陣取る筑前煮の中から蓮根だけを真田のトレイに載せるとメインデッシュである唐揚げを頬張った。
真田は何も言わずトレイに取り残された蓮根を頬張ると清藤をまた見つめる。
胸がざわざわとざわつき、頭の中で渦を巻く不安を整理しながら言葉を選んで口元に運んだ。
「シンガポール支社の課長の後釜は誰になるんですか?……友海さんが行くなんてことないよね?」
選んだはずなのに思った言葉が喉を突いて出てしまった。咀嚼を繰り返す清藤の視線は真っ直ぐに真田へと向いた。
「不安な顔してるから何かと思ったら、そんなことで不安になってたのか?」
真田へと伸びてきた掌は優しく頬に触れ、そんな事と言ってのけた清藤のその体温に強張った体の力が抜けていく。そんな真田を見つめながら清藤は笑みを浮かべ頬を抓った。
「なんで俺が行かなきゃなんないんだよ。こっちの仕事で手一杯だ。辞令が出ても行かない。お前と離れるなんてありえない」
会社組織にいる以上辞令を断ることはできない。それを解っていながらそう言ってくれる清藤の想いに先程までの不安は薄らいでいく。
「何があっても別れないから。独りで何処か行くとか絶対嫌ですから。俺も連いていくから」
口先で子供のように駄々を捏ねても大人として社会人としていつもどんな時も一緒にいるなんて事はできないことは充分承知している。
ただ想いはいつだって同じであることの確認はしたい。真田の不安をしっかりと汲み取り言葉にしてくれる清藤はいつだって想いの矛先を真田に向けていてくれることが何より安心できるのだと真田は感じていた。
「物理的に離れたとしても気持ちが離れるなんてことはないよ。そりゃそうだろ。お互い元々は女が好きだったんだ。男同士で惹かれ合ってこうやって一緒にいることに俺は努力したいと思ってる。お前が不安なら俺だってその不安なお前を見て不安や心配をするんだ。何でもいいからこうやって話していこう。俺はお前に気持ちが離れるまで一緒にいたいと思ってるから」
同期で親しかった同僚の突然の死。清藤は突然の別れを二度も経験してしまった。泣き崩れる恋人の姿は以前の自分とは違うものではあったが、別れを悲しみ、その後その別れと向かい合って生きていかなければいけない。その苦しみは痛いほど解っている。
そんな想いを真田にさせるとしたら……また同じ思いを自分がするとしたら……縁起でもないと振り払っても襲ってくる不安に、葬儀の間中真田のことばかりを想いその愛おしい体温を感じたかった。
不安の内容は違っても、離れたくないと思う気持ちは一緒であったことに清藤は堪らなく嬉しかった。
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