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第86話

清藤の寝顔を見ながら頬に触れれば、擦り寄る仕草にあどけなさを感じ、上司であり恋人であるこの人を愛おしく自分の中に取り込み誰にも触らせたくない奥底に隠してしまいたい衝動に駆られる。  現実には無理なことではあるがそれくらい離したくない離れたくないと衝動が押し寄せる。 真田は、こんな感情が自分の中にあったことにただ驚き、戸惑っている。 申し訳ないが元カノをこんな風に思ったことはない。好きだという感情はあっても離れたくないなどとは思ったことはない。同じ大学で毎日顔を合わせるのは、今の清藤と同じなのだけれど。 幼い恋はこんな感情を生むことはなかった。 高く上げた足先のスラリと伸びた指を愛撫すれば性感帯だと告げる吐息が漏れ、濡れた瞳が真田を映す。 真っ直ぐに伸ばされた手が自分を求めてくれていることに歓喜を覚えると同時に胸を締め付ける感情に清藤を求め夢中でより深く繋がろうと突き続けた。  意識を飛ばした清藤の先端から白濁が零れ落ちる。 射精した快楽に目を閉じたままの身体を揺さぶり、もうその先には入れないであろう最奥に吐き出した。  こんな風に意識の飛んだ恋人をまだまだだと欲しがる自分にも驚いている。  大概のことは受け入れてくれるであろう清藤に甘えているのか。  それでも明日、突然別れてしまうことになるかもしれないと、同じ会社の見知らぬ社員の死に動揺を隠せない。毎日、大切に愛していこう、大切に生きていこうと清藤を抱きしめて眠りについた。  翌日、怠そうに起きてきた清藤の為に早めに起きて朝食を作った。朝の挨拶だと近寄った清藤は真田を抱きしめ唇を合わす。横目で出来上がった朝食に眉を下げ、そそくさと洗面所に足を向ける。そして数分で戻った清藤とテーブルを挟んで手を合わせた。 「思ってたんだけどさ、やっぱり一緒に住まないか?」  唐突な申し出に、真田は買い物に行くような軽い物言いの清藤を見つめた。  少なからず、真田も考えないことはなかった。週末は清藤のマンションで過ごしているし、今回のこともあって一緒にいたい願望は増している。 「……俺も思ってた……週末もほとんどここにいるし、平日だって……」 「それもそうなんだけどさ、俺と一緒に爺さんの家で暮らしてほしいんだ」 「お爺さんの家、ですか?」 「爺さんもいい歳だし、それにあの家も住まないと傷むしな」 「お爺さんはあの店舗付きの家に住んでないんですか?」 テーラーの奥には小さなbarになっていた。その先は庭が広がっていて窓際から見えた階段は二階の住居に繋がっているんだと勝手に解釈していた。 「あそこには俺が出て行ってから誰も住んでない。元は婆さんと住んでたんだけど、二階で生活するのは何かと不都合があって、爺さんは近くの戸建てに住んでる。まあ、親父達に家なんだけどさ、もう帰ってくることはないから……」  清藤自身のことを聞くのは初めでだった。お爺さんと暮らしていたという経緯で親御さんと何かしらあるのだとは思ってはいたが、清藤が話してくれるまで何も聞かないでおこうと決めていた。

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