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第88話

 お爺さんに挨拶を終え、年季の入った鉄製の階段を登ると、これまたレトロな扉が見える。  この建物の築年数は相当なものだと見受けられるが、当時では珍しかっただろう西洋風な建物。  細かな所にこだわりが見える。階段横の手すりは何年も人が住んでいないとは思えないほど手入れが行き届いている。  それは清藤の祖父が手入れをし保っていることが窺える。 シンプルながら重厚な木製の扉を開けると、てっきり湿ったカビ臭い匂いを予想していた真田の嗅覚を甘い香りが擽った。  芳香剤のような作られた匂いではなく果実のようなフレッシュな香りがする。  振り返る清藤は柔らかい笑みを見せ、北欧の紋様のようなデザインされた靴箱を開けスリッパを足元に置いた。  慣れた足取りで部屋へと続く廊下を歩き始める後を急ぎ足でついて行く。凝った飾りの彫ってある磨りガラスのノブを持った清藤はゆっくりとそれを引いた。  左側から差し込む日差しに意識はその方向に視線を向ける。  八畳程だろうか。いやもっとあるかもしれない。実家の仏間の広さと比べながら部屋の中を見回した。  到底、真田の実家と比べられる所と言えば間取りの算用だけだ。田舎の日本家屋で育った真田の家とは全く持って洋式が違う。  全てが洋式なこの家には畳の部屋は想像できないし、誰が見ても想像はしないだろう。畳が恋しいわけではないがあまりにも違いすぎて一驚していた。  清藤が幼いころから暮らしていた家。こんな洒落た家で育ったのかと、環境の違いに、いや環境以前に建物から全てが人を作るのではないかと連想する。  この人を作り上げた家。聞いた家庭環境は普通ではないが、住まいも含め普通とはなんだろうと思考は逸れていく。  リビングであろう空間を通り、清藤は大きな窓を押し開けた。  まだ早いが初夏を思わせる乾いた風。振り返った清藤はレースのカーテンをバックに日差しを纏いオーラを放っているように見えた。まるで聖母のように。  語彙力の乏しさに苦笑しながら清藤のそばに近寄ると、細くて長い指がなんの変哲もない俺の手を握りしめる。  その体温に清藤を感じ、緊張からか身体にこもった力がするすると抜け落ちた。 「爺さんのこだわりの家でさ、いつ来ても綺麗に手入れしてあるんだ。昔から掃除は爺さんの担当だから」  ベランダへと繋がると予測した真田の視界には想像を遥かに超えた景色が飛び込んできた。      

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