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第89話

 ベランダとは言い難い自分の部屋がすっぽりと入りそうな空間にはアンテークな二脚の椅子がテーブルを挟んで向かい合っている。深く下がった軒下にはお洒落なソファが置かれている。  見渡せばここは日本なのか?と錯覚しそうな空間に、揃えて置かれていた外履きのスリッパに足先を差し込んだ。   「ここ、俺のお気に入りの場所なんだよ。満開の星空がたまに見える。都会の星空もなかなかいいもんだよ」  まだ星が覗くには早い時間に清藤は曇り空を見上げ、『今日は見えそうにないよな』と微笑んだ。 「これから沢山見れますよ……あの、友さん……一つ聞いてもいいですか?」  真田の声のトーンがさっきと違ったからなのか、清藤は笑顔を消し不安そうに真田の瞳を見つめた。 「俺とここで住もうと思った本当の理由、聞いてもいいですか?」  視線を外した清藤は軒下のソファにゆっくりと腰掛けると座れと言わんばかりに隣の空席を叩く。 「元希には隠せないか……ここに住んでいる頃の俺は……彼女を待ってばかりいた。待つことが辛くてここを出たんだけどさ、もうここに帰ってきてもいいって、ここにお前と一緒に帰りたいって思った。ここが、この家が大好きでここに元希と住みたい。ここは婆さんと爺さんの愛の詰まった家だからさ」  姿を変えない空を見つめたまま清藤は呟き、その横顔を真田は見つめた。  清藤の言葉は真田の心にスッと染み込んでいく。亡くなった彼女への想いを整理し、その全ての想いは真田に向いていると言っているようなものだ。  「友さん、これからよろしくお願いします。俺、全身全霊で愛していくから。負けないから」  その意味を汲み取ったのか清藤は笑った。その笑顔は真田にしか見せない素のままの笑顔。真田はほっと肩の力を抜き清藤を抱きしめた。 「早速、お爺さんに改めてご挨拶させていただいて、引越しの準備しましょう」 気の早くなった真田の科白に声を上げて清藤は笑う。 「ははっ、その前にこの家の隅々まで案内させてよ」  腕の中からするりと抜けた清藤は真田の手を引いた。先程と違って清藤の足取りが違うように感じるのは気のせいではないと真田の足取りも軽くなる。  清藤の心の隅で生き続けるだろう彼女への想いであっても、今の清藤は自分のものだとその想いに負けないほど愛していくと真田は会ったこともなくもう会うこともない清藤の元カノに宣戦布告したのだった。

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