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第91話

 階段を駆け上がり、一足先に辿り着いた喫煙所の直ぐそばにあるベンチに腰を下ろした。  喫煙所は緑で覆われ死角になっているが、所々にベンチが置いてあり都会のビル街の五階とは思えない程この一角は緑で覆われている。  社長の趣味だとか、社長夫人が花好きだとか憶測の噂が飛び交っているがこの緑のオアシスは社員にとって休憩もしくはお昼時の憩いの場所になっている。    重厚なガラス扉が開き、清藤の姿が見える。いつもなら真っ先に喫煙所に向かうはずの足先は真っ直ぐ真田へと向かってきた。   「元希」 そう呼び少し困ったように笑う姿があどけなくて可愛くて真田は清藤に駆け寄った。 「そんな可愛い顔して誰が見てるかわからないから。仕事モードの課長に切り替えて」  懇願した言葉を遮るように、真田の胸元にすっぽり収まった清藤の腕は真田の腰に回っている。 「それってどんな顔なんだよ……仕事モードだよ、会社なんだから……部長といいお前といい……」  それは二宮部長にも何かしら言われたと言うことか。 「何を言われたんです?部長に」 胸元から見上げた清藤は赤らめた頬を隠すように掌で頬を覆った。(それが可愛いって言ってんですけどね……)  これ以上可愛いを連呼すると拗ねてもう見せてはくれない気がして清藤の手を取り喫煙所へと向かう。引かれるままついてくる清藤が何かを感じ取り繋いだ手を慌てて離した。 「お前ら、ここは職場で勤務時間中だから。んっとにもう……」  パーテーションのような緑の向こうから聴き慣れた声がした。 「わかってます。勤務時間中で俺達は遅い休憩です」  会議が延びて昼飯もまだだ。清藤のいう休憩時間とは正当なもので勤務時間中だと言う部長の言い分も正当だ。 「真田、お前清藤に何したんだよ。どうしたらこんなになるんだ?」 顔を見合わせた二人はなんのことだか分からず首を捻った。 「終始瞳は潤んでるし、真田を見る目は甘いしさぁ、所作がなんとも色気ムンムンだし、何がどうなればそうなるんだよ。清藤は切れ味の良い鋭いナイフがイメージなんだぞ?先の柔らかいスポンジナイフじゃないかこれは!」  呆れ顔で煙草に火をつけた部長は、溜息と一緒に紫煙を吐き出した。

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