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第97話

 いつもより更に早足で自宅に辿り着き、ドアの前で大きく深呼吸を繰り返すと、立てた襟を正した。息を整えインターフォンを鳴らせば、職場での曇った重い顔を覗かせると思っていたが、ドアを開けた真田は頬を紅く染めだらしない笑顔を見せた。 ……酔っ払ってるのか?  悩みの度合いが深刻なのは午後からの様子で察知していた。酔わなければならない程苦しめている何か。その何かを聞き出さなければならないと手早くドアを閉めだらしない面の恋人にただいまと合わせるだけのキスを交わす。  だらしのなく緩んだ笑顔は普段の真田からは想像し難いが、自分にだけ見せる素顔の恋人。それさえ満更ではない清藤は自分の身体を抱え込んだ長い腕に引き寄せられ紅らめた頬に掌を添えた。  「早速、酔っ払ってるのか?お前は」  「待ってなくてごめんなさい。帰りにスーパーに寄ったらどうしても飲みたくなって先に飲んじゃいました。ちゃんと友さんの分もありますから……怒んないで?」  いつになく可愛らしい物言いに絡ませた視線の先を窺う。事のな逸らさない真っ直ぐな視線。潤んでいるのは酒のせいだと分かっていても掻き立てる欲情に火をつけようとする。  いかん。まずは聞き出さなければ…… 腰に回った手を取り、リビングへと向かう。ソファの横の定位置に鞄を置きネクタイを緩めながら身体を背もたれに預け、隣に真田を座らせた。  まだ隣でだらしなく頬を緩ませている真田を横目に目の前のガラステーブルを確認する。 数本の空き缶。ツマミには手をつけていない。 空きっ腹に流し込んだのか…… こんな飲み方はしない恋人をそうさせた何か。 二宮に苛立ちをぶつけたくなる。大切な恋人に何を言ったのか。 事と次第では本気でぶつけに行くつもりでいたのだが、握りしめたままの手を何度も握り直す真田は清藤の名前を小さな声で呼んだ。 「サラリーマンとして断れないことは分かってるんです。でも、俺は友さんが大切だし友さんしかいない……」 「そうだな。俺も同じ気持ちだよ。でもサラリーマンも人間だからな。嫌なことは嫌だって言えばいい」 優しく見つめる清藤の瞳を見つめ返してくる真田の瞳は酒のせいか少し潤んでいた。吐き出してしまいたいと向けられた思いを感じ取った清藤はその言葉を誘い出そうとする。 「酒を煽っても解決なんてしないよ。解決方法はいくつかあると思うけど案外話して相談してみることで解決できたりする。お前は幸せなことにすぐそばに適任がいるだろ?」  視線をそらさず見つめ合った二人は無言のまま静かな時間が過ぎていく。後は真田が決めることだといわんばかりにその時を待った。 「……二宮部長にお見合いの話を……」   喉に詰まらせながらぼそぼそと語り始めたその嬉しさを隠しながら清藤は静かに聞いた。

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