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第100話

スマホが勢いよく音を上げたのは真田がこの部屋を出てから数時間後の事だった。 読みかけていた自己啓発本をテーブルに置き、早く出ろと言わんばかりに震えながら音を立てる端末を手に取った。 「友さん、終わったんで今から帰ります」 いつもなら「今、大丈夫?」と相手を気遣う言葉が飛んでくるのに、急ぎ足に今からを知らせる。その声は、意外にも弾んでいるように感じた。それはどう受け取るべきか。自分に早く会いたくて声を弾ませているのか。それとも高居部長の娘と何かしらの会話が弾んだのか……  今の感じでは前者だと思いたい。 「友さん?どうかしました?」  自分の名を呼んでくれるその声に胸が震え熱くなる。こんなにも真田の存在が自分の中で大きくなっている。もう真田なしでは生きていけない。そう思えるくらいに大きな存在になっている。 「いや、大丈夫。帰りに適当に晩飯見繕ってきてくれないか?冷蔵庫のコンセントも抜いたし……」 「わかりました。適当に買ってかえりますね。明日は新居の物、買いに行きましょうね」  明日の約束。それは未来への約束…… ……弱ってんのかな……  こんなイベントがあったほうがいいなんて思った今朝は何だったのかと思うくらいに真田の体温が恋しい。 「早く帰って来いよ」 「……急いで帰りますね、じゃあ」  いきなり消えたスマホから電子音が聞こえてくる。スマホをテーブルに置き、ベランダにつながるガラス戸の外を見れば青空が広がっている。今日は快晴だったのかと今更気づき、のそのそと起き抜けに放り込んだ洗濯機に向かう。乾燥はすでに終わっていて取り出した洗濯物にはぬくもりさえ残っていなかった。  それでも清藤はドラムの中に頭を突っ込む勢いで真田のスエットを掻き出し、ぺたんと座り込み強く抱きしめた。  誰かに取られてしまうのではないか、などとは思ってはいない。心変わりが起こるとも今は考えられない。なのになぜか恐ろしいほどの空虚感に襲われる。  彼女が亡くなったあの日。自分ではない誰かとこの世からいなくなった。心変わりとか心底愛していたかと聞かれれば曖昧だ。だが、もう会えない寂しさと、離れていくのではないかという心配から解放された感覚もあった。  だが人が自分から離れていく怖さは清藤の心の奥底で根を這わせている。  急がせた同棲、祖父に持ち掛けた新居への引っ越し。何もかも真田が離れていかないようにと子供じみた感情のまま行動したのだ。  抱きしめたスエットからは温かさも真田の匂いもしない。それでも鼻を摺り寄せ少しでも真田を感じたくて無心で顔をうずめた。  

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