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第101話
インターフォンが鳴った気がした。だが、洗濯機の前に座り込んだ真田は動けなかった。
なんてことないと思っていたことがこんなにも衝撃となっている。
何も揺るがないと思ってはいても心はそうではなかった。残り香を探すほど不安になるとか思っていなかった。
座り込んだ清藤にドアが開く音が聞こえる。玄関から死角になるこの場所からは入ってきてもわからない。ただ真田からの電話はつい先程だ。いくら急いでもこんなに早く帰ってこれるわけがない。
「どうしたんだ。こんなところに座り込んで」
そう声をかけたのは聞きなれた声の主。振り返った清藤の目に映ったのは清藤のすべてを知っているといっても過言ではない二宮の姿だった。
「誠治さん、なんで……」
「気になって来てみたんだ」
引き上げられた清藤の身体は思ったより軽く二宮は眉を寄せた。
「ちゃんと食ってんのか?軽すぎるだろ」
そう言いながらその分厚い胸元に清藤を抱き寄せた。
「あの時と同じになってたらと思ってな。まあ今回のはただの見合いだけど」
ただの見合い。そう誰かに何かをされて引き裂かれてしまうわけではない。それでも自分に背を向けて誰かに会いに行く真田の後ろ姿は見たくなかった。
「友は自分で思うより繊細だからな。凛としてるようで脆くできてるから心配になったんだよ」
気にかけてくれたのか。学生時代から清藤のことは知り尽くしている二宮には予期せぬことが起こっている本人より事態を予測していた 。
「なら誠治さんが断ってくれたらよかったのに」
「そんなことできるわけないだろ。何を知ってるんだって話になる。それに真田が決めることだろ」
その通りなのだが直接の人間に愚痴りたくもなる。そんなことで解決するわけではないが。
「自分でも驚いてるんだ。こんなことどうってことないのに、元希が部屋を出ていった瞬間からなんだか不安が押し寄せてきた。どうってことないって思ってたのに……」
「そりゃ不安になるのは当然だろ。お互いノーマルだったんだ。女に傾いたらどうしようって不安に思うもんだろ」
優しく囁いてくれる二宮の言葉に、自分だけがこんな感情になるわけではないことに納得はするが、安心ではない。それは真田と自分しか解決できないことだ。
それでもこうやって心配してくれる二宮には感謝している。いつもここぞというときに手を差し出してくれる。
その時、玄関のドアが勢いよく開いた。
肩で息を切り、スーパーの大きな袋を持った真田がその光景に目を見開き、呆然と立っていた。
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