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第103話

 真田の腕の中からするりと抜けた清藤は、リビングへと背を向ける。その 後姿をスーパーの袋を下げ追いかける。  「友さん、なんで俺のスエット握り締めてたの?」  その意味を知りたい。清藤の態度からの予測で嬉しさが増してくる。  「な、何でもない!」  「なんでもないことないでしょ。どうして俺のスエット握り締めてたのか教えて」  ソファの前で立ち止まった清藤は踵を返し紅い顔で真田を睨みつけた。  「何、嬉しそうな顔してるんだよ。その前にお前は俺に報告をする義務があるだろ」  耳まで紅く染め扇情的な表情を見せる清藤は、腕の中ではにかみながらも求める姿を連想させる。  それがどんな意味を持つのか、真田が嬉しさで舞い上がるであろう内容をはぐらかそうとする清藤は可愛い。  上司の顔、恋人の顔、愛し合い求める愛おしい表情、また一つ可愛い清藤が加わっていく。  「そうだね、見合いの報告をしないと」  手を取りソファに腰掛けると膝先をぴたりと合わせ清藤に向き合った。  「ち、近くないか?」  「近いですか?俺はずっとくっついていたいですけど」  すでに舞い上がっている真田は清藤をからかってみる。  「お前なぁ……まあいい。それでどうだったの?」  「高居部長のお嬢さん紗栄子さんっていわれるんですが、大学四年で就活中だそうです。俺の大学の後輩でした。学生の時から知ってたみたいで……まあ、親の下で働く俺と見合いをしたいって言いだしたらしくて……」  「それでお前は?」  「俺ですか?付き合ってる人がいるのでお付き合いはできませんって言いましたよ」  いつの間にか、握り締めていた手は、清藤によって強く握りしめられている。どうなったのか不安で仕方なかったのだろうとは思うが、強く握りしめられた手からその胸中の思いが伝わってくるような真剣な瞳。  この部屋で一人、自分の言った言葉でさえ吹き飛んでしまうほど不安に押しつぶされそうになったのか?俺のスエットを握り締めて不安と戦っていたというのか? ……まさか……あの強靭な清藤課長が……?  しかし、そう考えればつじつまは合わなくもない。そんな場面を見た二宮が清藤を抱きしめてしたとしたら?  そんな清藤の弱い内面を知っていたとしたら二宮が心配になるのも頷ける。 ……そんな心が折れるほどの悲しみをこの人が受けたことがある……それを傍で見てきた二宮なら過保護なほど清藤の心配をすることもあり得る……  たかが見合いだと安易に思っていた真田とは違い、清藤の見せていた態度とは裏腹に心情は穏やかではなかったのか。浮かれた気持ちは冷め始め、清藤の逸らさない瞳を真田は優しく見つめ包み込むよう抱きに寄せた。      

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