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第113話

 戯れ合うように何度も軽く唇を合わせれば、清藤が声を上げて笑う。そんな他愛もない時間は素のままの清藤を見せてくれる。  誰にも見せたことのない、自分だけに見せてくれる姿が可愛くて堪らなかった。幸せを噛み締める真田はこの時間を大切にしたい、これからも長く続けばいいと心から願った。  引っ越し後の片付けとはなんなのかと思えるほど物は少ない。自分に与えられた部屋には以前使っていたベッドが置かれ、クローゼットに入ってしまう荷物は追々片付けよう。必要な物を出し始め、さき程から視界に入るこの掛けてあるものはなんなんだろうと首を傾げる。  「それ、元希のスーツだから。爺さん、テーラー辞めて隠居するっていうから何着か作ってもらったんだ」  またオーダーメイドのスーツを仕立ててくれたのか。ドアにもたれ掛かり様子を見ていた清藤に申し訳ない気持ちで視線を移す。 「スーツの代金払いますよ」 「いんだよ。生地消化させないと勿体無いっていうから俺の分と一緒に作ってもらったから。そんなことは気にしなくていい」 「それでも……」 「この話は終わり。買い出しに行こうぜ。冷蔵庫の中、空だからさ」  ここに住む為にどれくらいの金を使ったのか。そう考えると途方に暮れそうになるが、だからといって清藤は受け取ってはくれないだろう。  ならばここでの決め事を早急に話合っておく必要がある。これ以上清藤の世話になるわけにはいかない。 「友さん、ここに俺が住むにあたって色々決めておきましょう。生活費とか家賃とか……」 「家賃はいらないよ。ここは俺の名義だし、リフォームは爺さんからの生前贈与だから金は俺も使ってないんだ。スーツも爺さんからの餞別だし……爺さんさ、自分の家を売って老人ホームに入ったから……お前によろしくって言ってた。後、生活費は折半でいんじゃない?どお?」 「それでいんですか?なんかしてもらってばかりだから……」 「これからしてもらうことの方が多いと思うんだよなぁ……俺は家事全般ダメだしさ」 「料理、勉強します。俺も簡単なものしか作れないんで……」 「いいよ、そんな凝ったもの作らなくても。お互い仕事してるんだし、仕事中に『晩御飯何作ろう』って悩まれるのも困る。一緒に考えていけばいいし、お前にばっかり負担かけたくないから俺も覚えるし、協力するから色々教えて?」 「俺が友さんに教えることがあるかなぁ」  そつなくこなす清藤のことだ覚えるのも早いだろう。うかうかしていられないと真田は襟を正した。  それでも清藤と暮らしていける喜びは大きい。毎日ここで寝起きを共にしてまだまだ知らない清藤を知れることは楽しいに違いないと胸を膨らませる。それに唯一の家族が離れていった清藤の寂しさを埋めるのは自分しかいない。部屋を出た清藤の後姿に近寄りそっと抱きしめた。 「友さん、ありがとう。俺、夜も頑張るから」 「はははっ、まあ、お手柔らかに頼むわ」  

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