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第116話

「友、お前達一緒に住み始めたんだって?」 耳元で囁く二宮からいつもの香りが鼻につく。甘ったるい香りは真田の付ける爽やかな香水とは真逆で、香水を浴びているんではないかとさえ感じさえする濃厚さだ。 「誰に聞いたんです?」 「そりゃ俺はお前らの上司だから」 なるほど。部下の情報はいち早く知るシステムにはなってるのか。課長の自分にはない特権だと納得する。 「勇気のいる決断だが、俺は応援してるよ」 「勇気なんて、いりませんよ。好きな人と住むことに勇気も決断もしてないです」 「はははっ、そこが友の良い所だな。さて、仕事の話だか、お前の所から何人出せそうだ?」 「妻帯者除けば10名、その中から営業の出来る英語が堪能な奴……」 我社は面接以前に英語が話せることは必須で、おぼつかない社員は入社早々英会話に通う者も少なくはない。 その中で営業力のある社員と言えば限られてくる。 「真田は行かせませんよ。私情挟まなくても今のプロジェクトから真田を外すことはできませんから」 「誰も真田のことは言ってないだろ。確かに今のプロジェクトは社運がかかってる。店舗も全国展開のプレゼンが通ったばかりだしな。でも緊急事態なのはわかるだろ?」 「わかってます。緊急事態なのも真田が優秀なのも」 「わかってくれてるならそれでいい。今日中にリスト持ってきてくれ。本人に確認してもらってもいい。早急だ」 大きな掌が清藤の方をポンポンと叩く。 嘔吐きそうな香りが薄れ、その後ろ姿を見つめながら真田の言っていた言葉を思い出した。 『二宮部長は敵なのか味方なのかわからないです』 確かにそうかもしれない。清藤にとってプライベートでは良き兄的存在で、なんでも話せる信頼できる人ではある。 だが真田視点で見ればどうだろう。 疑いたくはないがどこか妙に刺さる部分はある気がする。 踵を返すが、ゾワゾワと嫌な感覚が鼓動を早まらせる。 「なんで優秀なんだよ…」 優秀であるがゆえ自分が営業から引き抜いたのだ。それがこんな形でクローズアップされることが清藤は面白くなかった。 火災……どれくらい処理にかかるんだろ…… 途方もない期限なしの出向。自分が行ければ最速で処理して帰ってくるのに…… そんなことを考えながら脳裏ではリストを作成し始めていた。

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