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第118話
清藤の開けたドアの隙間をかいくぐった真田は足早に階段を上がっていく。
それを見下ろしながら清藤は煙草に火をつけた。
「なんで常務がお前を呼び出すわけ?」
「俺の面接官は常務だったので、英語でやり取りしたのを覚えてたみたいです」
常務は帰国子女だと聞いたことがある。英語が堪能だということ社内では有名だ。
「それに俺、営業にいた時にタイ工場には何度か視察に行ってるんです。だから俺に白羽の矢が……」
「それでなんて返事したの?」
そんなことは聞くまでもない。ここは職場で上司の指示、それも常務からの命令だ。だが、清藤はその返事を聞きたかった。
「行きますとは言ってません。ただ早急に返事をくれと言われました。俺、友さん一人にして今は行きたくない」
「……何を言ってる?上司命令だよ?まして独身なんだ。なんの理由をつけるつもり?」
「でも、友さん」
「俺だって嫌だよ。一緒に住み始めたばかりなのに。でも、これもお前が俺の側に近付くチャンスでもあるんじゃないかなぁ。寂しくないって言えば嘘だけど、元希と別れる訳じゃないし」
「当たり前です!これからずっと一緒いるために一緒に住むんだから」
「なら、お前の帰ってくる場所は俺の所だからさ。待ってるから行ってこい」
「友さん……」
「俺が弱い所ばかり見せてるから元希に心配かけてるんだよな。ごめん」
「謝らないでよ。それは恋人の特権だって言ったでしょ。いんだよ、俺にどんどん見せて」
「お前は俺を甘やかす天才だな。でもな、甘えてばっかりじゃ駄目だからな。俺は元希のちゃんとパートナーになりたい。いないと嫌だけど依存は駄目だと思う。って思うんだけど、どう思う?」
「そうだけど……いいの?」
「いいよ。っていうか拒否権はないからさ」
「……分かりました。常務に行くと伝えます」
「うん。でも、なんで火事なんか……これって意図的だと後々大変だよなぁ……」
「そうですよね。タイ工場は殆ど現地の人で構成されてるし、デモ的なことだと厄介ですよね……」
やり取りをするのは日本人社員で、現地での内部事情は日本にいる社員には入ってこない。いや、入ってはきているだろうが、日本で働く清藤達の耳には届いてはこない。
階段を降り、真田はその足で常務の所へと向かういう。早いに越したことはない。
最後の一口を一気に吸い込み灰皿に投げ込むと、清藤はリストの作成に取り掛からなければと重い気持ちを引きづり営業企画部へと向かった。
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