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第121話

いつもと同じように一緒に出勤をする。 ただ違うのは真田が誂えたスーツではないのと、大きなキャリーケースをガラガラと押していることだ。  そして行きつけのカフェで朝食を取っているのは、いつもは食べ終わった洗い物を帰宅後にするのだが、それが今日はできないからと真田は言った。帰宅後、清藤が洗うというのを真田は強く拒んだ。  これから当分の間、一人になる。朝の名残りを見た清藤の気持ちを考えてのことだろう。  清藤は寂しいと言う言葉を一度も口にはしなかった。たった一カ月の辛抱。毎日声も聞ける。仕事が終われば顔を見て話すことも約束している。 ただ傍にいないだけで、大の大人がまして上司が寂しいとは口にはできなかった。 「友さん、何かあったらすぐ連絡してくださいね。一人で悩んじゃダメですからね」  何かあったら連絡しろと言うのは上司である清藤の科白のはずなのに、優しい恋人は何度も心配を口にする。 「処理が終わって早く帰ってこれることを祈ってる。何か……あったら連絡するのは元希だから」 「そうですね、仕事のことは細かく報告します。でも今は俺の恋人のことを言ってる。俺の恋人は寂しがり屋だから、誰かに寂しいって言わないか心配なんです」 「誰にも言わねーよ。誰に言えるって言うんだよ」 「俺に言ってください。寂しいって言って。そしたら帰って来た時の嬉しさが増すでしょ。それで帰ってきたらうんと甘やかさせてください」 「もう十分甘やかされてる。俺が弱くなるのはお前が甘やかすからだ」 「俺から離れられなくなる作戦です」 「罠にはまったのかよ……」 「これぞ正に恋人の特権でしょ」 「バーカ」  クスクスと笑う真田を見て清藤も笑った。笑える心境ではないが嬉しそうに笑う真田を見ていれば自然と笑みが溢れる。 「これぞ、正に恋人の特権だな」 「え?」 「なんでもないよ」 「なんですか?俺に隠し事ですか?」 「隠すもんなんてないし。それより食い物には気をつけろよ。生物はダメだからな」 「わかってます。そうだ!毎日何食べたか写メを送ります。友さんも送って。そしたら俺も安心だし」 「え、マジで?」 「おおマジです。なんで思いつかなかったんだろ、写メるって方法があった。これで安心です」 「何、勝手に決めてんだよ!」 「いいじゃないですか。俺の心配の一つが解消されるんです。協力してくださいね、友さん」 「マジか……」  肩を落とす清藤を見て真田は声を上げて笑った。それは清藤の寂しさを紛らわす優しさだということはもちろんわかっている。優しい恋人だ。彼の為にも寂しがらず頑張らなければいけない。  嬉しく少し恥ずかしい宿題を出された清藤は隣で笑う姿を真田を脳裏に焼き付けた。  

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