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第123話

 飛行機に乗り込んだ真田は、感触の残る掌を握り締めていた。羽田から飛び立ち六時間半の長旅が始まる。  予定は一カ月。あくまで予定であってどうなるのかはわからない。清藤の不安そうな表情が脳裏に浮かぶ。彼も多忙を極めている。営業企画部から三名もの戦力が欠けるのだから清藤の負担は大きい。 仕事に忙殺されているうちはいい。問題は一人になった時だ。タイとの時間差は二時間。日本のほうが二時間早いということは、清藤が残業して帰路に着いた頃、同じ時間に顔を見ながら食事ができるのもいい。  画面越しではあるが顔を見て一緒に食事ができるのは嬉しい。可能な限り彼と時間を共有したいと真田は思っていた。    スワンナプーム空港に降り立たった一行は蒸し暑い空気に包まれていた。タイのこの時期は雨季であり湿度も増す。気温も三十度を超える日々が続くのだから日本の梅雨とは比べられない蒸し暑さとの戦いだ。 日本を経つ時に羽織っていた薄手の上着の袖を捲り上げても暑い。現地社員の出迎えで、バンコク市内へと向かう車内はエアコンが最大限に動いていた。  火災の起きたロジャナにある工場はバンコクから七十キロの場所にある。工場は半壊だが、機能しない工場から移転をしなければならない。  アジア企業の工場が多いタイにはいくつもの工業地帯があり、その中から我が社に見合う工場を探すのが任務だ。  そして場所が変われば新しく人材の募集もしなければいけない。現地社員と処理班十五名でどれだけの仕事量で終わらせる事ができるのか。  果てしなく長い旅になりそうで気落ちする真田を横目に、是澤と宗宮は意気投合したのか、はしゃいでいる。  到着した途端、夕飯の相談だ。旅行気分全開でスマホを見ては嬉しそうに声を上げていた。   そんな中、真田は清藤にメールを送った。 『無事タイに到着しました。今からバンコクに向かいます。すごく暑い。帰る頃にはこんがり焼けてそうだよ』  無音カメラで撮った車窓から見える景色を添えた。就業中にも関わらず、清藤からの返信は早かった。 『無事ついて良かった。こんがり焼けた元希も見てみたい。怪我と病気には気をつけて』 可愛いスタンプが添えられてクスリと真田は笑った。 『友さん、好きです。頑張ってくるからいい子で待ってて』  誰も見ることない清藤個人のスマホだ。こんな風にメールでやりとりすることも一緒に住んでいれば出来ないことだと、真田一人で始まった共有プロジェクトが始動する。  清藤の返信はというと、『バーカ』の文字と、なんとも彼らしい可愛いクマがキスを投げ、ハートを振り撒くスタンプが送られてきた。    

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