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第127話
駆け足で帰ってきた清藤は、玄関の扉を閉め腕を覗いた。真田の連絡から三十分経過していることを確認し、階段を駆け上がった。
途中で買った弁当を二人で選んだテーブルに置き、壁際に置いてあるパソコンの電源を入れ寝室へと急ぐ。
昨日愛し合ったベッドの脇を通り、クローゼットからお揃いの部屋着を持ちバスルームへと急いだ。
洗面所の脇にスーツ収納用の狭いスペースがある。二人分しか掛からない狭い空間に、既に真田のスーツが吊るされてある。
着ていたスーツを真田の隣に丁寧に納め、着ていたものと昨日の洗濯物を洗濯機に放り込んだ。後は乾燥まで済ませてくれる。後は取り出して仕舞うだけだ。
頭をガシガシ拭きながら洗面所の棚に置いた腕時計を再び覗く。
十分前。既に手はドライヤーを取り出し熱風を送り始めていた。
早く顔が見たい。一分でも多く二人の時間を楽しみたい。
二人の時は素のままの自分でいたいと清藤は急ぎ足で髪を乾かす。
そして心が通い合った逢瀬の後は、真田を感じながら二人のベッドで眠りに就きたい。
こんなにワクワクドキドキしたのはいつぶりだろうかと思考は過去を振り返る。
子供の頃、祖父母に連れられて両親に会いに行った時もこんな感情だったと思う。
でも……会える嬉しさは別れる辛さで消えてしまった。
いつになれば両親と一緒に住めるのだろうと微かな望みに願いを込めていたことを思い出す。
彼女の時もそうだった。戻ってくる待ち遠しさと帰っていく寂しさが次の希望になっていた。
どちらも叶うことはなかったのだが……
ドライヤーを止めて鏡の中の自分を見た。親を待っていた子供でもなく、彼女を待っていた学生でもない。
アラサーを目前にした、しがないサラリーマンだ。そんな平凡な男でも真田は愛してくれる。
そう今度は違う。一方的な想いではない。真田に求められ愛されている。
信じている。真田の気持ちと自分が重なり混じり合って一つになっていることを。そして真田はここへ、自分の元へ帰ってくることを。
(やっと俺だけを愛してくれる人に巡り会えた。それがもし、いつか一方的な想いになったとしても今この一瞬一瞬を忘れたりはしない。真田に愛されたこと。そうだろ?)
目の前にいる清藤友海に問う。問われた友海は鏡の中幸せそうに笑っていた。
そんな自問自答をしているとスーツのポケットから勢いよく清藤を呼ぶ音が鳴り響く。
私用のスマホであることを着信音に伝えられ、清藤は心ときめかせ取り出した。
画面に浮かび上がる『元希』の文字に満ち足りた幸せが身体中から溢れ出し、画面をスライドすることを指先が急かす。
そして友海は愛おしい人の名前を呼んだ。
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