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第129話
忙しない業務に追われ、一週間、二週間と経つのは早かった。部署内から三名長期出張に取られ、その補填は清藤に廻る。
仕方がないと言えばそれまでだが、大きな案件を抱えている営業企画部にとって、今は修羅場だった。
寂しいと思ったのは真田がタイに行って一週間ほどで、仕事に忙殺されてしまう。
社用だと言いながら声が聞きたい。などという暇はなかった。真田の顧客へのアプローチも本人に聞かなければ至らないところが出てくる。就業時間に何度真田と電話を掛け合っているのか分からないほど、真田は近くにいた。
本当にタイにいるのかと思うほど距離はない。仕事は終われば一緒に食事をする。タイはデモが多く夜間は物騒なので出歩けない。他のメンバーは知らないが、真田はどこにも出かける様子はなかった。
工場の契約まで漕ぎ着けたのは、日本を離れてから15日目のことだった。火事を聞きつけた日本企業が営業をかけてきたのだ。
諸々の交渉の結果、契約にたどり着いた。
火災後の保証なども結局、処理班というだけあって十五名が処理をした。
「意外に早く終わったもんだねぇ、うちの社員は優秀だ、ねぇ清藤君」
スモーキングルームで鉢合わせた高居部長は大きな腹を自慢げに突き出しているように見える。
「そうですね。皆頑張ってくれました。こっちの業務に支障も出そうなのでよかったです」
「それにしても、真田君はすごいなぁ、迅速に動ける行動力がある。溝下もえらく気に入ってるみたいだねぇ」
いちいち鼻につく物言いに苛立ちを隠しながら、紫煙を吸い込みながら軽く頷いた。
溝下が真田を気に入っていることは、二宮から聞いていた。現地社員に指示を出し、行動していることは真田の責任感からくるものだ。処理班の責任者と命じられ、何度も相談された。
溝下が役に立たないとぼやき、愚痴を何度も漏らして悩んでいる様子も見ている。それでも、上司の威厳を潰さないように動いたのは真田の人格もある。
温和な外見に、必ず否定した捉え方はしない。いつだって肯定的でボジティブに判断する真田の性格と物言いに大概の人は絆される。
日本の営業先での真田の評価は目を見張るものがあった。彼の人柄が惹きつけている。そう清藤は感じていた。
どこに行けども真田の評価は高い。清藤にしてみれば少々妬けてしまうくらいに。
契約を交わした真田は常務に業務報告をした。えらく上機嫌だったと真田は苦笑していた。
「休みなしで頑張ったから、連休後帰国になるみたい。連休くれるなら日本で過ごしたいけどね」
画面越しの真田には疲れが見える。異国で迅速に成果を上げることは至難だっただろう。側にいれば「よく頑張ったな」と抱きしめてやりたかった。
真田の温もりを感じれば自分もこの激務の疲労も癒えると甘えたくなる。
「友さん、疲れた顔してる。俺たちが抜けたから大変でしょ?」
「そうだな。俺はお前がモテすぎて不安になったよ。まあ、客に気に入られることは営業としてはいいことだけどさ」
少しぐらい嫌味も言いたくなる。だがそんなことを言えば真田が心配するのはわかっているのだが。
「営業先に行ってくれたんだ……でも仕方ないんだよ、友さん。数字出さないといけないし……」
「わかってる。お前が頑張ってる証だからな。連休はどうする予定?観光でもするのか?」
「そう!その話がしたかったんだ」
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