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第132話

 メールを知らせる音が清藤の頭の上で鳴る。 壁に掛けてある時計を見れば十時十五分を指している。 画面を覗けば真田からのメールだ。休日にメールを送ってくるのは二宮か真田ぐらいしかいない。  『行ってきます。夜はいつもの時間に帰ってくるから一緒に夕飯食べましょう。ゆっくり休んでね』  画面に浮かぶ可愛いスタンプは、はしゃいでいるように見えた。   一晩寝れば清藤の気持ちは穏やかになり、素直に楽しんで来いと思えるようになっていた。 半月離れている間に、寂しさはちょっとしたことでささくれる。それが昨晩わかったことだった。    明日の夕方には真田が帰ってくる。辛く寂しく一人で眠ることもない。 清藤は体を起こし、遮光カーテンを目を細めながら開けた。 外は快晴で少々蒸し暑いが申し分のない行楽日和だ。タイの気温や天候はわからないが。 (布団、干しておこう)  一人の週末はそんな気分にもならなかったが、帰国を心待ちにしていた清藤の気分は上がっていく。  洗面所に立ち鏡の中の自分を見れば、目の下にクマができている。髪も伸びてセットもしにくくなってきていた。 (カット行かなくちゃだな)  身支度を整えて、美容室の予約を済ませる。ベランダに布団を運び出し、大きく深呼吸をした。じわじわと実感し始める。明日は真田が帰ってくる。  ベランダから中を見渡して、ズボラに過ごしてきた埃っぽい部屋に溜息を吐き、美容室の予約までに終わらそうと掃除を始めた。  買い出しも済ませ、髪もすっきりとした。結局、美容室から帰ってからも家中念入りに掃除をした。 明日は空港まで迎えに行きたい気持ちでいっぱいだが、他の社員たちもいる。家に帰ってくるまで大人しく待っていた方がいいのか真田に相談したい。   幾程も経たない時計を見てはパソコンの前でうろうろと待ち焦がれる。そろそろ電話かメールが来るはずだと、腕時計と壁時計を交互に見てはソワソワしていた。  だが、十分、十五分と時間は過ぎていくがスマホは電源が切れているかのように静かなままだった。  なぜか、変な胸騒ぎがする。今日は休日なのだから気にせず自分からかければいい。だが、妙に鼓動は速くなり息苦しさを感じていた。  意を決した一度目の電話は、呼び出してはいるが出る気配はなかった。数分経ち再び掛けてみても真田の声を聞くことはなかった。 そして三度目は約束していた時間の一時間経った後だった。しかし、呼び出し音は鳴らず留守番電話に切り替わってしまった。 『はい、お疲れ様です。清藤課長どうされましたか?』 外野はガヤガヤと騒がしい。夜間は外出禁止だというのに羽目を外しているのだろう。プライベートまで詮索するつもりはないが今はそれどころではない。 「お疲れ様。是澤、今日は真田も一緒なのか?』  一緒にいるわけがない。真田は高校時代の友人小林と出かけているはずだ。だが、あえてそう聞いてみる。 『いえ、真田はこっちで偶然あった友達と出かけるって言ってましたけど……あ、でも夕方には帰るって言ってました。彼女と一緒に夕飯食べるとか……』 「今しがた掛けてみたんだが、繋がらないんだ。ちょっと聞きたいことがあったんだが……」 「部屋にいないんですか?課長、俺も掛けてみます。折り返しますので少し待ってていただけますか?』 是澤の電話はすぐにかかってきた。近くにいたのか部屋まで戻ってくれたらしい。 『まだ帰ってないみたいです。充電切れかもしれないですね。帰ってきたら連絡するように伝えます。でも彼女すっぽかすとかないと思うし……』 ぶつぶつと独り言を繰り返しながら通話は切れた。 もう嫌な予感しかしなくなっていた。何事もなければ必ず連絡はあるはずだ。 だが、東の空から朝日が差し始めても、真田からの連絡はなかった。

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