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第135話
空港に着くまでの間、清藤はずっと眠っていた。一人で不安な夜を明かし、心許せる人が傍にいるだけで少し気持ちが緩んだのかもしれない。
着陸間近に声をかけた二宮は、目の下の隈と覇気のない顔に付け加え、兎のように赤い目が加わっていた事は気付いていないことにした。
蒸し暑い空気に包まれる。
出迎えてくれた現地社員の常磐に礼をいい、随分と年式の古い日本車に乗り込んだ。
清藤の顔を見た常磐がギョッと驚き二度見する。あまりにも憔悴し切っている清藤の姿を見たからだろう。それに対しても二宮は何の弁明もしなかった。
どこからどう話せというのだろうか。手短かに話すにしても色んなことを端折ることは出来ないし、今はそれを話す状況ではないと思ったからだ。
走り出した常磐はミラー越しに視線をあわせてくる。
「真田さんがいる病院に向かいます」
情報は更新され、新たな進展に二宮は微かな期待を持った。
「どこにいるかわかったのか?」
「はい。直接警察で聞いてきました。待ってても埒が明かないので……」
「色々……すまなかったね」
「いえ、真田さんには本当に良くしていただいたので。まさかこんなことになるとは……」
今日初めて、いつもの感覚を取り戻したように清藤は俊敏な動作を見せた。
「部長、どういうことですか?」
「お前には言わなかったが、真田は事故に遭ったそうだ」
「なんで……教えてくれなかったの?」
「どの道、ここに来れば分かることだろ?」
「元っ……真田は生きてるんですか?」
身を乗り出し、かぶりつきそうな勢いで後部座席から常磐に詰め寄った。その気迫は常磐を驚かし圧倒する。
「く、詳しくは分かりませんが、運転されていた方は軽傷だそうで……」
「誠治さん!小林って奴です!運転してたのは。元希は助手席に乗ってて……どうしよう……」
詳細が露になるにつれ、清藤の挙動は酷くなる。
「憶測だろ。清藤、落ち着け」
少々声を荒らげた二宮だが、隣に座る清藤の手を強く握りしめていた。
心の中では幸の薄い清藤がやっと捕まえた幸せをどうか取り上げないでくれと祈っていた。
スワンナプーム空港から約三十分程でバンコク市内にある病院に着いた。皆急ぎ足で入口の扉を通り過ぎると、常磐が受付へと走った。
「会えるそうなので行きましょう」
清藤を宥める為に二宮は手を引いている。上司と部下が手を繋ぐ習慣は日本にはない。それでも清藤の様子がおかしいことは常磐も感じていた。そんな二人を見て見ぬふりをしながら磐は先を歩いた。
受付で聞いた部屋番号の確認し、立ち止まった常磐がここだと目線で知らせてくる。
繋いだ手に力が篭る。それは二宮なのか清藤の力なのかは分からない。
常磐が右手を挙げノックをした。乾いた音が廊下に響き、三人に緊張が走った。
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