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第136話
常磐が扉に手を掛けたと同時に、内側からの圧力でゆっくりと窺うように開いた。
こんがりと日焼けした一人の男が顔を覗かせる。だがその男が日本人だということはひと目みてわかった。
「真田の会社の方ですか?」
そう尋ねた男は、頷いた常磐とのやり取りの後、中へ促そうとする。常磐は二宮と真田に先にどうぞと会釈で伝えた。
清藤の手はするりと二宮から離れ、ドアの中へと駆けていく。
清藤の温もりを残した掌になんだか妙に寂しさを感じた。
いつも何かあれば二宮を頼っていた清藤が巣立っていっていまうような空虚な感情は、横たわる真田の傍に跪き、抱き締める姿に更に打ちのめされた。
愛する人に縋り付く清藤とその髪を優しく撫でる真田に、ぽっかりと穴が空いたような寂しさが増す。しかしそこには誰も入る余地などなかった。
「部長、すみません。こんなことになってしまって……」
申し訳なさそうな真田と、我を忘れて真田を抱きしめる清藤は、少々不自然な光景であっても、誰も問うことはない。
どう見ても清藤の想いは溢れている。真田の眼差しも清藤への愛情に溢れていた。何も問うことはない。どういう関係なのかなど聞かなくても伝わってくる。
暫くして訪れた医師によって説明が始まった。
常磐が医師の言葉を身振り手振りを付け通訳してくれる。
清藤の血走った鋭い視線に医師もドギマギしていたが、容態を伝えると医師はそそくさと病室を出ていった。
「対向車の運転ミスで衝突してしまって横転したんです。幸い助手席に荷物を積んでいたので真田は左後部座席に座ってまして……助手席に座ってたら即死だったかも知れません。隅々まで検査してもらいましたが、打撲と足首の骨折だけで後は異常ありませんでした」
粛々と告げる小林という男に清藤は飛びかかり胸ぐらを掴んだ。
「……だけってなんだ。打撲も骨折も大変なことだろ!」
射るような鋭い目付きで掴みかかる清藤を真田が止めようと腕を伸ばしたが、相当の痛みがあるようで顔を顰めた。
「課長!」
「不幸中の幸いとでも言いたいんだろうが怪我をしていることは事実だ。簡単に言うな!」
「友!もうその辺にしておけ!数日の入院で帰れるなら、視察後一緒に帰ればいいし、日本でもう一度検査してもらえばいい。手配しておくから」
宥め納得させる言葉を並べ、怒りで震えの止まらない清藤を引き剥がし黙らせる。
同乗していた男も被害者だ。 肩を落とした男が不憫で二宮は優しく声をかけた。
「君も無事で良かった。昨夜は真田が気になって眠れてないだろう。後は我々に任せて下さい」
真田と二言三言話した男は、隣にいた清藤の殺気だった威圧感に押されながら病室を出ていった。
見送る名目で二宮は常磐を誘い病室を後にする。
「常磐君、今見たことは他言無用でね」
釘を刺したが人の口に戸は立てられないと思っている。だがやっと掴んだ清藤の幸せは守ってやりたい。
常磐は頷くが複雑な表情を見せてはいるが、『よろしく頼むよ』と言わんばかりに苦笑いを浮かべながら肩を叩いた。
憔悴し切った清藤には二人の時間が必要だ。
どんな想いで一晩一人で不安を抱え過ごしたのかと思うと、二宮は自分の事のように胸が痛んだ。
寂しさは増すが、自分は任務を遂行しなければならない。
スマホを手に取り常務に連絡をと、外へと急いだ。
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