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第140話

「ここでの仕事に、不満でもあるの?」 少しフランクに尋ねてみる。それは常磐の切羽詰まったような緊迫感が伝わってきたからだ。 「私は……入社して三年目でタイに転勤になりました。タイで二年、働かさせて頂いてます。今回の、工場火災で走り回っている時に上司の……不信感で堪らなくなりました。それまでにも……きっと他の社員達も同じだど思うのですが……もっと意欲的な上司の下で働きたい。ここでこのまま終わっていきたくないんです」 握りしめた拳は小刻みに震えていた。 確かに、業務的にはなんの問題はない。工場火災も不手際で起きた訳でもない。 ただ、溝下のことは真田からも愚痴は聞いていた。先入観を持たず観察してみたが、指導者と見ればどうかと思うところはあった。 始業前、二宮と共に行った打ち合わせでも終始二宮の言いなりな状態だった。 その為、今夜は二宮と出かけているのだが…… 「気持ちはよくわかった。タイ支社からのこれまでの報告では、常磐君の尽力は処理班全てのメンバーが評価している。常務に掛け合ってみるよ」 自分にそんな権限はない。ただ、やる気のある社員を無駄遣いしているのは良くない。差程、自分と歳の変わらない常磐の言い分も考慮してやりたいと清藤は思った。 跳ねるように先を歩く常磐は、病室のドアをノックした。未来に光が差したのか表情は明るい。 ドアをそっと開ければ、静まり返った部屋はひんやりした空気と独特の匂いがする。 中を伺えば、 横たわる真田の傍には先客がいた。 よく見れば、昨日のここで清藤が取り乱し掴みかかった真田の高校時代の友人、小林の姿があった。 心配してくれているのだろう。同乗してちたのにも関わらず、自分は軽傷だったのだ。 しかし清藤は小林を見るとモヤッとしてしまう。恨んでいる訳ではない、小林も被害者なのだから。 真田とのその親密さに、少々妬いているのかもしれない。いや確実に妬いている。 軽い会釈で済ませる小林に、清藤は敢えて丁寧に頭を下げた。 「昨日は大変失礼致しました。真田がお世話になりまして、上司の清藤と申します」 昨日と言われて、小林は戸惑いながら真田の顔を見た。 「あ、すみません。昨日と様子が違ってて……こちらこそ、すみませんでした」 「課長、わざわざすみません」 他人行儀な真田にフンと鼻を鳴らし、病院の側にある日本のコンビニで買った果物を差し入れる。 「じゃ、さ、真田、そろそろ行くわ」 「来てくれてありがとう」 何度もペコペコと頭を下げながら、言葉少なく病室を出ていく小林を丁重に見送った。 清藤は肩を竦めて見せるが、何故だか優越感から笑みが漏れる。 「なんか、嫌われちゃったみたいだな」 「そんなことない、かな。常磐さんも来てくださったんですか? すみません」 「なんで吃るのかなぁ? まあ、いいけどさ」 モヤッとした気分は些細な勝利に晴れ、常磐と真田の他愛もない会話を聞き流す。 常磐は真田には気を許しているのだろう、終始笑顔で会話は弾んでいた。 常磐を見送った清藤は、キョロキョロと外を見渡して誰も来ないかを確認し、ドアをしっかりと閉め、真田の元へと駆け寄る。 「友さん、昨日はちゃんと眠れた?」 「寝たよ。安心したら爆睡してたみたいだ。今朝は頭が冴えきってて、仕事が捗りまくっちゃったよ」 さっきの可愛い動作と、言い回しに真田は笑った。 「友さん、ちょっと待って」 腕の力を使い、上半身を起こした真田は、清藤に向かって「ここにおいで」と言わんばかりに手を広げる。 「友さん」 蕩けそうな笑顔を見せた清藤は、ベッドの脇に腰を下ろし真田の腕の中に吸い込まれた。 「友さん、可愛い」 「どこが……起きても大丈夫なのか?」 「大丈夫ですよ。足首は骨折してるから、立ち上がるのは松葉杖つかないとダメだけどね」 「一緒に……帰れる?」 「今日、先生に聞いたら大丈夫だって」 「良かったぁ……無理しないで完治させないとな」 「そうですね。心配ばかりかけて、ごめん」 「いいよ。お前の世話が出来ると思ったら嬉しいし」 身体を擦り寄せ、首にまとわりついた清藤はクンクンと鼻を鳴らした。 「真田の匂いがする」 無防備な清藤の仕草やヤキモチが可愛くて、幸せを噛み締めながら、その身体を抱きしめ清藤の温もりを感じた。

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