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第141話
視察最終日。とは言っても午前中支社に出向き、事務処理を終えれば帰国するのみだ。
清藤は早めにチェックアウトを済ませ、病院へと向かっていた。
真田と一緒に出社し、その足で空港に向かう予定にしている。
この五日間で、真田は松葉杖を使いこなせるようになった。
体はまだ痛むようだが、歩けないと帰れない。医師に無理を言い、とりあえず歩けるまでになったのだ。
「ホテルにあった荷物は、支社で預かってもらってるから。帰ったら壊れたスマホ買い変えにいこうな」
几帳面に整えられホテルにあった真田の荷物は、支社へと運んでくれていた。
「ありがとうございます。スマホってないと不便ですよね。画面バキバキだから見るに見れなくて……」
事故の後、同乗者の小林が真田の荷物を病室に持ってきてくれた。
画面が砕け、変形してしまったスマホは事故の凄さを物語っている。
「スマホは買い換えれば済むけど、お前の代えはないから」
清藤の心の想いを聞く度に、本当に生きていて良かったと、事故後時間が経つにつれ、誰彼構わずに感謝したくて仕方がなかった。
あの憔悴しきった清藤の姿が脳裏に焼き付いて離れない。もしあの時、自分がこの世からいなくなっていたとしたら……そう思うとゾッとする。
『お前がいないと俺は死ぬ……』
清藤の悲痛な心の叫びと想いが、胸の奥底にずしりと重く沈んでいる。きっと自分が同じ立場なら同じように叫んでいたと思うからだ。
小林に感情の刃を向けたのもそうだ。感情のコントロールができず、それこそ誰彼構わず叫び散らしたい気持ちも痛いほどわかっている。
その後の清藤の言動や、普段の彼からは見られない情緒不安定な態度も、言わばショックの後遺症なのだ。
甘えたい。離したくない。苦しい。辛い。そして嬉しい。
コロコロ変わる起伏の変化は、どれだけの恐怖と戦ったのかと胸が痛んだ。そしてそれを癒すのは自分だけなのだと。
甲斐甲斐しく荷物の整理をし、世話をやいてくれる清藤は嬉しそうだ。この笑顔を絶やさないと、真田は心に誓った。
「友さん、治療費精算したいので財布、取って貰えますか?」
「……もう済ませてあるから」
「え?」
「いいんだよ」
「友さん、それはダメです。お金のことはちゃんとしましょう」
「保険の手続きしてるし、仕事だってすぐには復帰できないだろ? だから全て終わってからでいい。お前はそんなこと気にせずに早く治すこと。早く復帰してもらわないと困るから」
「友さん……」
「俺達はさ、好きだから一緒にいたいってのもあるけど、助け合って生きてく為に一緒いるんだよ。俺だっていつ何が起こるかわからないし、助けてもらわないといけない時があるかもしれないだろ?」
何も起こらないことに越したことはないが、もしもは誰にだって起こりえる。
「もし友さんになにか……考えたくないけど、友さんのことは俺が守りたい」
「だから、今は俺がお前を守るの。心配しなくていい。早く帰ろう、俺達の家に。やっぱり家が一番いいよな」
荷物を詰め終わり、リュックを背負った清藤は、真田の隣に立ち微笑んだ。
日本に着いたのは、土曜の午後七時を回った頃だった。梅雨が明けた夏の蒸し暑い空気が、日本に帰ってきたのだと感じさせてくれる。
手荷物だけの清藤の荷物の少なさには驚いたが、着の身着のまま飛んできてくれたのだと、荷物の少なさは心配の度合いを表しているようで胸を締め付けられた。
「あ……」
タクシーに乗り込み、突然清藤は何かを思い出したようで、口元を抑えた。
「どうしたの?」
「家……散らかってるかも」
連絡が取れず眠れない夜を過ごした部屋が片付いてなくて当然だ。そんなことは気にしていない。
懐かしい景色が近づけば、心はワクワクと踊り始める。どこにいても清藤となら楽しいが、やはり二人で暮らす家が一番いい。
家の脇にタクシーは止まり、降り立った真田はぐるりと見上げた。
やっと帰ってきた。たった一週間の出張のはずが、思いもよらない長い時間を異国で過ごしてしまった。
鍵を開けた清藤は、ポストに溜まった郵便物を手に、ドアを押さえて真田を待っている。
「ただいま」
「おかえり、元希」
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