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第142話
家の中は締め切っていた為か、蒸し風呂のように熱がこもっている。
清藤はあらゆる窓を開けながら足早に動き回った。だがさっきまでの清藤とは雰囲気が変わったような違和感を感じる。
「元希、風呂入りたいだろ?湯船には浸かれないけど」
「友さん、少し座りなよ。長いフライトで疲れたでしょ?」
「風呂に入ってからにしよう。気持ち悪いだろ? あ、そうだ、なにか飲み物……」
「友さん」
「ん? なに? 靴下、ぬぐ? 」
やっと動きが止まった清藤に手を伸ばす。
「どうしたの?」
松葉杖を付き近寄れば、突っ立ったまま清藤は俯いた。
「ど、どうもしないよ?」
「友さん、俺の目を見て?」
俯いたままの清藤は視線を合わせようとはしない。
「……だって……なんか……ぶわぁって思い出して……」
真田は足首の痛みなんかよりも清藤の心の痛みのほうが遥かに重症ではないのかと見え隠れする兆しに狼狽える。
清藤の奇行はショックの後遺症だと思っている。
だが、バランスが取れない心をどうすればいいのか、清藤はもがいているように思えた。
ちらりと視界に入る寝室の扉は開いていて、綺麗に整えられている。
壁際に置かれている可愛い子達も動かしている気配はない。
だが無造作に床に落ちているエアコンのリモコンにヒヤリとした。普段は壁に備え付けてあるケースにいつも納まっているからだ。
清藤は一晩中ベッドに持たれ、放心する身体と悪夢を見せる幻想に打ちひしがれていたのではないのかと。
その光景が脳裏に浮かんだ。憔悴しきったた清藤の姿とリンクして、胸が押し潰されそうになった。
家に戻り、記憶がオーパーラップする。真田のいない夜。心が凍りつきそうなほどの恐怖が襲ってくる感覚に、慌てふためいている。
目の前にいる自分は幻想ではない。清藤の心を今に戻すためにはどうすればいいのか。
「寂しくて、不安で怖いことばかり考えた……もう、お前が帰ってこないかもしれない……そう思うと、どうしたらいいのか分からなかったんだ……」
「そうだよね、ごめん」
人前で泣いて吐き出せなかった想いは行き場をなくし、バランスの取れないまま異国の地で仕事をこなしていたのだろう。
息を吐くのも忘れ、自分の責任を果たそうとする。
異次元にでもいるような感覚でこの一週間いたのかもしれない。
「ただいま。帰ってきたよ、友さん」
何を伝えれば、清藤の心が戻ってくるのかわからない。ならばここに、清藤の元に戻ってくればいいと思った。
ゆっくりと顔をあげた清藤の瞳には真田が映っている。ゆらゆらと揺れる瞳から一筋の涙が零れた。
そっと伸ばされた手のひらが真田の頬を包み、そしてゆっくりと首に絡みつく。
「……元希……元希……」
しがみついた清藤は、糸が切れたように声をあげて泣いた。全ての何もかもを吐き出すかのように。
真田はもう絶対にこんな思いはさせない離さないと、その身体を強く強く抱き締めた。
両親から手放され、祖父母に育てられた。そして恋焦がれた恋人の死。
清藤の想いは、時が風化させていたように見えていた。 だが、溶けることなく凍ったままだったのかもしれない。
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