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第6話
「迷惑だ。お前の心配などいらん」
取りすがる結太の手を大きく振りほどく。
反動で、結太が後ろによろめいた。
「――あっ」
捕まる場所を探そうとして、カウンターに手を伸ばす。その拍子に、おいてあった木像に腕がぶつかった。木像がぐらりと倒れて床に落ちる。パリン、と乾いた音がして像がバラバラに砕けた。
「ああっ、大変」
そう叫んだとき、木像の中から、黄緑色の不思議な煙が立ちのぼった。黴と埃の塊のような、いやもっと不気味なまるで意思を持ったかのような影がゆらりとわく。
それは素早く動いて、――驚く間もなく、横にいた宗輔の口の中に入ってしまった。
「うっ、何だこれは」
宗輔は急いで咳きこんで、その塊を喉からだそうとした。ゴホゴホとむせて息をはく。けれど煙は奥に入りこんでしまったのか、もうでてこなかった。
「だ、大丈夫ですか」
宗輔が前かがみになって膝をつく。
「変なもの吸わせやがって。……ううっ、気持ち悪い」
手で口を押さえて、まだ咳きこむ。結太はその背をさすってやった。
「父に届いた民芸品なんです。古いものだったから、埃でもたまってたのかな」
「親子そろって、俺に恨みでもあるのか」
ヨロヨロと立ちあがると、鞄を手にして部屋をでようとした。
「気分が悪い。帰る」
「ああ、待って。だったら、料理を持ってってください。せっかく作ったんだから」
結太は台所に入ってプラスチックの容器を棚から取りだした。ダイニングテーブルに戻って料理をつめていると、玄関ドアがバタンとしまる音がした。
「宗輔さん」
手早く蓋をして玄関まで走る。
ドアをあければ宗輔は外廊下の先でよろめきながらエレベータにのりこもうとしているところだった。
「待って待って、これ持ってって。唐揚げと生春巻とグラタン」
ちらとこちらを見たその顔は真っ青で、今にも倒れそうだった。煙に何か悪い成分でも含まれていたのか、普通ではない様子になっている。
結太がエレベータ前に着くと、扉はしまり下降していくところだった。けれど階段でおりればまだ間にあうはずだ。
結太は急いで非常用階段を駆けおりた。六階から一階まで走り、エントランス横のエレベータにたどり着く。ちょうどそのときチンと音が鳴り、扉がひらいた。
ゆっくりとあくその中から、兄がおりてくるのを期待して――。
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