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第31話

 どうも宗輔は、赤ん坊の自分と大人の自分の落差に感情がついていかないらしい。  人は誰でも子供時代はあるし、その間は保護者の世話になるのは普通のことなのだが、昼間は弁護士として一人の自立した大人として働いているためか赤ん坊の自分をひどく嫌う。結太にしてみれば、チビ宗輔の世話は楽しいことでしかなかったのだが。  そして、その楽しさが宗輔をメンタル的に追いこんでいることに、鈍感な結太は思い至っていなかった。  食事を終えた宗輔が居間へ戻っていく。結太は台所を片づけながら洗濯機を回した。 「おい、これは何だ」  ちょうど廊下を洗濯物を抱えて歩いていた結太に、トイレの扉をあけた宗輔が問いかける。 「あ、それはおまるです。三歳になったチビ宗輔さんが、トイレトレーニングを始めたので」 「……おまる」  トイレの中には、クマ柄の可愛らしい子供用おまるが設置されていた。 「ということは、アレは取れたのか」  アレ、とは紙オムツのことである。宗輔はそれを口にするのは恥辱だと思っているのか、いつも名称ではなくアレと呼ぶ。 「まだトレーニングパンツですけど。頑張ってますよ。偉いです」 「じゃあ、今夜からアレはもういらないな」 「そうですね。う~ん……まだちょっと不安かなあ。おねしょされたらベッドのシーツが」 「俺はそんなことしないぞ」 「大人の宗輔さんがしたら問題ですけど、子供の宗輔さんはするかもですし」  宗輔が不機嫌な顔になった。 「毎朝毎朝、アレをつけられて目覚める屈辱がお前にわかるか」 「おねしょパンツは、みんな着けていますから」  幼稚園で日々子供らに接している結太にしてみれば、オムツの話題はごく自然なものだった。そしてチビ宗輔の成長を中心に考えていたから、大人の彼の気持ちをわかれていなかった。  宗輔は知らぬ間に、想像以上にストレスをためこんでいたらしい。底冷えした声で言われた。 「みんな着けている?」 「ええ」  二歳半前後の子供なら。 「言ったな。みんなか」 「はい」  宗輔は、バタンとトイレのドアをしめた。 「だったら、お前も着けてみろ」 「へ?」  結太の腕を掴んで、すたすたとリビングまで戻っていく。 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください」  リビングの端に、籐製の籠がおいてあり、中に紙オムツとおしりふきが常備されている。そこまで結太を引っ張っていくと、手を離した。

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