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第50話 大人宗輔

   翌朝起きたとき、布団に宗輔はいなかった。  結太はひとりで起きあがり時間を確認した。午前六時四十分。日の出の時間はすぎている。宗輔は大人に戻っているはずだった。  布団を畳んで部屋をでると、宗輔の荷物がおいてある部屋からゴソゴソと音が聞こえてきた。何だろうと思っていると、背広に着がえて通勤鞄とボストンバッグを抱えた宗輔が中からでてきた。 「あ、おはようございます」  昨夜の少年宗輔のことがあったから、声が自然と労わるものになる。 「ああ」  けれど宗輔は結太とは目をあわせずに、廊下を玄関へと向かった。 「もう出勤ですか。朝食は食べていかないんですか?」  出張でも入ったのかと思い、後を追いかけて背中にたずねてみる。 「結太」  後姿の宗輔が、玄関で立ちどまった。 「はい」  振り返らずに、低い声で言う。 「今まで世話になった。今夜から、向こうの家ですごすことにする。だからもう、ガキの俺の面倒は見なくていい。残した荷物はそのうち取りにくる」 「えっ」  宗輔は、何かに追い立てられるように、革靴に足を突っこんだ。 「な、何でですか。急にそんな。まだ無理ですよ。だってチビ宗輔さん、中一なんですから。ひとりじゃできないことが多いです。それに、寂しがりますよ、昨日だって――」 「結太」  ぱしり、と結太の言葉を叩くように遮る。 「もういいんだ。俺のことは。放っておいてくれ。あとはひとりで何とかする」 「……そんな」  ちらと振り返った目は、子供時代の憂いを残しているかのように少し赤らんでいる。  それで、――もしや、と気がついた。 「宗輔さん、もしかして……」  結太は宗輔の肘を握りしめた。 「もしかして、昨日の記憶あるんですか。子供に戻った自分のこと、憶えてるんですか」  そういえば、と心あたりに気がつく。この前ケーキを焼いたとき、宗輔は、少年宗輔が毎晩デザートにケーキを食べていることを知っていた。結太は大人の宗輔に、そのことを一度も喋ったことはなかったのに。   「憶えてるんですね。何も憶えていない訳じゃなかったんですね」

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