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第55話
「結太は可愛くて素直だった。俺みたいにひねくれてなかった。だから、俺、それが羨ましくて……」
袖口で目を拭う。
「結太がいたから、母さんは俺を捨てたんだって、新しい家族を作って、幸せになれたから、俺はもういらないんだって、思えて。だから、すごく憎らしくなってあんなこと」
「そっか」
「仕方ないよな。母さんだってあんな子だったら自分の子供にしたいと思っちゃうよ。俺なんかよりずっといい子だったし」
「宗輔さん」
知らなかった。少年の宗輔が、結太の家にきたときに、そんなことを思っていたなんて。
結太は、宗輔と初めて会ったときのことを思い返した。あのとき、不貞腐れていた宗輔は、九歳の結太にはとても大きくて怖そうに見えたものだ。けれど今、目の前にいる少年は自分より五センチは背が低く、頼りなげで幼く感じられる。
「宗輔さんのお母さんは、いつも宗輔さんのことを大事にしているよ。だって、大切な息子だから」
亡くなった義母は、結太のことも可愛がってくれたが、同じほどに宗輔のことも愛していた。それは、いつもそばで見ていたから知っている。
「それに結太があんなに嬉しがってたのは、きてくれたのが宗輔さんだったからなんだ。すごくカッコよくて大人っぽいお兄さんが現れたから舞いあがっちゃって」
「……え」
宗輔が顔をあげて、ポカンとした表情をした。
「結太は、……初めて宗輔さんを見たときから、好きになってたんだと思うよ」
そう教えると、宗輔は大きな目を瞬かせて、結太を見返してきた。
「そうなのかな」
「うん。そうなんだよ」
宗輔は思いがけないことを聞いたというように、瞳をさまよわせた。それから、自分の内側を探るようにして、少しの間黙りこんだ。
「……俺も、あの子のこと、本当は好きだと思う。仲良くしたい」
真摯な言葉を、秘密を打ち明けるようにして言う。薄い唇をキュッと噛みしめて、ひどく男っぽい表情をした。
「結太、可愛かったし」
言われて、大人のこちらが顔を赤らめてしまった。
「そ、そか。それは、きっと、結太も喜ぶと思う」
ちょっと焦ってしまった結太を、宗輔は不思議そうに眺めてきた。それからふと思いついたように言った。
「お兄さん、結太に似てるね」
「え? そ、そう? よくある顔なのかな、はは」
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