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第59話
「言っただろ、……俺のこと、何とかって。あれ、もういっぺん言ってみろよ」
「はい?」
何か言っただろうか。憶えていない。
「何て言いましたっけ?」
「憶えてねえのかよ」
「はあ」
すいません、と謝る。宗輔は結太の答えに、焦れたように命令してきた。
「思い出せよ」
「え?」
「お前の口から、もう一回ちゃんと聞きたい」
しかし急に言われても、寝起きの頭はすぐには動かない。
「……俺、何か、怒らせるようなこと、言いました……?」
寝ぼけて愚痴でもこぼしてしまったか。
恐る恐る問い返した結太に、宗輔は顔を起こしてきた。
「ホントに憶えてねえのか」
呆れた顔で見返してくる。
「結太」
「は、はい」
宗輔は改まった声で、少し憮然としながら言った。
「俺のこと、大好きだって言っただろ。ずっと好きで、この前やっとそれに気づいたって」
「え? ええ? え、は? どうして知ってるんですか」
結太の顔は真っ赤になった。そう言われてみれば、確かに言ったような。けどあれは。
「夢の中じゃなかったんだ」
「お前ボケすぎだ」
恐い顔になった宗輔が、ずいっと身をよせてくる。
「もう一回、ちゃんと言えよ。そして、どういう好きなのか、はっきり説明しろ。ただの兄弟愛なのか、友達みたいに仲良くなりたいだけなのか、それとも、もっと別のものなのか」
結太はいささか呆気に取られて、義理の兄を眺めた。
そんなに怒らせるような告白だったのだろうか。それほど自分のことが嫌いだったのか。
「いや、あの……」
まさか再確認されるとは思っていなかったので焦ってしまう。
しかし嘘や誤魔化しなど今更してもしょうがないと考えて、正直に打ち明けることにした。どうせ玉砕だ。
「あの、別のものです。宗輔さんのこと、ひとりの男の人として、その、恋愛感情的な意味で、好きでした」
「なぜ過去形」
「いや、フラれますんで」
これからきっと、拒否されていつものように罵倒される。結太の恋は終わった。そう予想したから過去形だったのだが、宗輔は黙ったままでじっと動かなかった。息さえとめていたようで、一分ほど石のように微動だにしなかった。
そして、急に俯くと「くそっ」と毒づいた。
「十三のときから気持ちが戻ってこれねえ」
ガバリと身を起こして、結太の上にのしかかる。両手を結太の顔の横において、恐い顔をしてきた。
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