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第60話
「俺は最初に会ったときから、お前のことがウザかった。可愛い顔して無邪気にじゃれついてきて。両親にも愛されて、真っ直ぐで親切で、優しくてガキっぽくて鈍感で、無神経で、近所の主婦みたいに世話焼きで」
「す、すみません」
「だから気づけなかったんだ。俺は」
悔しそうな顔になる。
「昨日の夜の、ガキだった俺が教えてくれた。正直な気持ちを。それに気づくのが怖かったから、お前と離れようとしてたんだよ」
「……宗輔さん」
「何でお前を見ると、イライラして落ち着かなくなるのか。無視しないと平常心が保てなくなるのか。近づかれると困るのか。その理由が、やっとはっきりした」
宗輔が顔を近づけてくる。
「初めて会ったときから、クソみたいに惹かれてたんだ」
そして、目を瞠ったままの結太の唇に、乱暴に自分のそれを押しつけてきた。
「……ん」
いきなりのことで硬直してしまった結太に、宗輔はただ口と口をひっつけるだけの不器用なキスをする。そして、唐突に離れると、ぎゅっと抱きしめてきた。
「鈍感で無神経なのは俺のほうだった」
大きな身体で体重をかけられて、苦しいほど拘束されて、けれど結太は今までにない不思議な幸福を感じていた。
「それは、宗輔さんも、俺のこと、恋愛的な意味で、好きってこと?」
「ああ」
「信じられない」
「俺もだな」
きつく抱きあったままでいたら、宗輔の体温や、鼓動や、首筋に埋められた唇からもれる熱い呼気や、男っぽい匂いや、そんなものが一気に伝わってきて、身体がむずむずしてきた。
それは、童貞の結太には初体験の、直接他人と触れあうことで生じる昂りだった。
「あ、あの」
未熟な自分に恥ずかしくなって、抱擁してくる相手にたずねる。
「そ、宗輔さんは、その、恋人とかいなかったんですか」
俺はいなかったんですけど、とつけ足す。宗輔は顔をずらして、結太と至近距離で見つめあうようにしてきた。
「いない。誰ともつきあったことはない」
「本当ですか? モテそうなのに」
結太の勤める幼稚園でも、毎日やってくる宗輔は同僚らの憧れの的だった。背が高くて男前、そして優秀な弁護士なら、これまでも引く手あまただったろうに。
「現役で司法試験合格を目標にしてたから毎日勉強漬けだったし、受かった後も忙しかったし」
「そうなんですか」
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