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第68話

『いや、宗輔という人は煙を吸ったのだろう。多分今、精霊はコントロールを失った状態で彼の中にいるんだ。浄化が彼に作用したのもそのせいだろう。そして死に至るのは、願かけをした結太くん、きみのほうだ。呪い返しは結願の瞬間に、願いを叶えることができない精霊の霊力が、負の力に変貌して対象者に襲いかかる』 「そんな」  結太は一瞬だけ、死ぬのが宗輔ではないことにホッとした。しかし、ことは重大である。 「本当に、死んでしまうのですか」 『たかが呪術、とかるく見てはいけない。現に、浄化の効果がでているのだろう。だったら、結太くんに災いが振りかからないとは言えない』 「……では、どうしたら」 『待ちたまえ、解呪の方法を記した資料が、確かどこかにあったはず……、ちょっと、そのまま切らないでいてくれ』  結太は受話器を握りしめたまま、その場に立ち尽くした。  本当に、自分が死んでしまうのだろうか。  いきなりわいた災難に、結太は実感が伴わず困惑するしかなかった。今朝から体調が悪かったのもそのせいなのか。  そのとき、壁時計が九時をしらせるオルゴール音を軽快に鳴らした。聞きなれたクラッシックの音楽が、短い時間鳴り響く。  結太は時計を振り返った。  瞬間、手足から力が抜けていく。まるで血がスウッと床に吸われていったかのように、全身から生気が消えていった。 「……え。なに?」  人形のように身体が固まり、カクリとその場に頽れる。 「……あれ? え? ……嘘?」  手足が動かない。瞬きさえもできなくなった。一体どうしたことかと瞳だけ動かすと、ちょうどチェストにおいてあった木像と目があった。  それはいつもは民芸品然として台に鎮座しているのに、今は別物のように雰囲気を変えていた。黒い躯幹から、禍々しいオーラのようなものが立ち昇っているように感じられる。  結太は目を見ひらいた。急に、怖気のようなものが襲ってくる。 「え……ホントに? そんな……」  木像を壊してしまったから、自分に霊力が跳ね返ってきた? 『結太くん? 結太くん、どうした?』  ぶらりと垂れさがった受話器から大泉の声が聞こえてくる。けれど返事をすることができない。

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