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密か-hisoka-2
掛かってきた相手は、尾野 颯 。2つ年上だった颯は、デビュー当時はお世話になった。色んな、大人の事にも…。確かモデルの仕事は遥か昔に辞めて、今は事務所で若手育成をする側になったはず。連絡なんて取ることが無い為、緊張なのか縛られたように心臓がズキンと痛む。
通話を繋げ、耳に携帯を当てる。
「はい。」
「…ぁ。繋がった。樹矢か?」
第一声に聞こえた声は、間違いなく颯の声だった。年齢に対しては渋い低めの声。
「そうだけど、何?突然。」
「相変わらず俺には冷たいなぁ。雑誌ではあんなに天真爛漫なのに。」
確かに普段分け隔てなく明るいキャラな俺が、こんなに相手に対して冷淡な態度をするのは数少ない。それには過去の嫌な記憶が颯と共に付き纏うからだ。
「まぁ、それはいいや。今度、会えない?時間なら合わすよ。」
「今は…忙しいから…。」
出来ればもう会いたく無い。
「樹矢の母親の事…でもか?」
――
「…。」
しばらく何も写らない真っ暗な携帯の画面を見つめる。反射して見える自分の顔がとても惨めで醜かった。光の無い、幸せを知らない頃の俺が再び現れていた。
「んー…。あれ、樹矢?」
しゆちゃんが目を覚まして、すぐに俺を見つける。寝起きでもまっすぐにおりる前髪で表情はハッキリ見えていないはずだ。こんな時、直毛で良かったと自分の体質に感謝する。
「あっ、おはよ!しゆちゃん。今日はお寝坊さんだね?」
持っていた携帯を放り投げて、お目覚めのお嬢様の元へと近づき唇にキスをする。
「ふふっ、オフだからたまには、ね。」
微笑むその表情は柔らかく、さっきの事が夢であれと願うばかりだった。
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