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密か-hisoka-3
「しゆちゃん、今日は帰り遅くなるね。」
頭を撫でて、手を頬に置いて見つめる。今日も愛おしいと思いながら。
「あー。そうなの?夜ご飯もいらない感じか。りょーかい。」
俺の手を掴んで、そのまま頬にスリスリとさせる。きっと伝わる温もりが気持ちいいんだろう。
「てか、樹矢は時間、大丈夫?」
さっき放り投げた携帯に視線を送り、反対の手で指差す。
「っあ!え!何時!」
颯からの電話でどれだけ時が経ったのかなんて気にしていなくて、通話の後も話した内容が頭から離れず仕事に行く支度なんて微塵もする気が無くなっていた。
「今日打ち合わせからだった!もうすぐ成田さんくるじゃん…!」
やばいやばいとベッドから下り立てば、すぐに寝間着を脱ぎ捨て、部屋の中にある横開きのクローゼットを押し広げれば服を適当に選んで帽子を被る。
「しゆちゃん…!行ってきます!」
まだ眠たいと、顔を伏せているしゆちゃんの頭を撫でて俺は携帯を手に取って部屋を出た。
玄関から外へ出てエレベーターを待っている時に、成田さんから着信が入り応答する。
「成田さんっ。今…向かってるんで少し待ってて下さい!」
挨拶もままならないままで通話を終わらせて、1階に着いたエレベーターの扉が開ききる前に飛び出す。
マンションのロビーを抜けてすぐの所には見慣れた車がハザードランプをつけて止まっていて、運転席にはそわそわしている成田さんがいた。
近づいて俺に気づくとすぐに車のロックを解除して、そこに乗り込む。
「っはぁ…。間に合った…。」
急いで力んでいた全身の力が解れて、後部座席に力を抜いてダランと座る。
「いや、瀬羅くんギリアウトですよ。」
「えー?たまには許してよ。」
前に座る成田さんの後ろに、笑いながら言う。
「珍しいですね。こんなにギリギリなんて。何かありました?」
何時もと違う俺に気づくのは流石マネージャー。けれど、その事は隠さないといけない。私情は仕事には決して持ち込まないと誓っているからだ。
「んーん。何にも。時々はこんな日もあるよねー。」
「まぁ、そうですね。では、打ち合わせ場所に向かいますね。」
無言で頷く俺をバックミラー越しに確認して、車は発進した。
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