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第9話 見てしまいました。

今日の松木君とポニーテールの子が仲良くし話していた姿が頭から離れない。ずっと、同じ場面ばっかりが再生されている。 やっぱり、モテるんだなぁ。 そう考えて、なんだかモヤっとする不思議な気持ち。それでも足は、日課になりつつある音楽室へと向かっている。 「...ん?」 いつもは俺が来る前からピアノの音が聴こえるのに、今日は静かだ。まだ来てないのかな。 ひょいっとドアの小窓から覗くと、いつもの定位置のピアノの前に座る松木君...と、ポニーテールの女子がいた。 思わず隠れてしまう。 「だから、何もないから帰れって」 「だって!太一郎 最近昼休みになるとどっか行っちゃって怪しいんだもん!!」 松木君は困ったように、彼女に向かって話している。彼女は松木君に隠れてよく見えないけど、何やら感情的になっているようだ。 隠れてしまった身を縮めてしまう。 あまりいい雰囲気とは言えず、教室内に入りずらい。 「...ピアノ弾きに来てるだけだ。」 「じゃあ、わたしが居てもいいじゃない」 なおも食いつく彼女に、松木君は困った事を隠さずため息をついた。 「...太一郎全然構ってくれない。何にもなくてピアノを弾くだけならここに居てもいいでしょう?」 「萌乃...」 「だって...。太一郎、おかしいもん。携帯ずっと気にしてるし、昼休みはどっか行っちゃうし」 聞く気はないけど...動く事ができずにその場で立ちすくんでしまう。 ...そっか。松木君、彼女いたんだ。そうだよね。俺にだって優しいんだ。モテるの分かったし、いない方がおかしいよね。 楽しいからって、彼女との時間を奪うのはダメだ。現に寂しい思いをしてるみたいだし。俺が、あんなにはしゃいじゃったから。一応、俺、先輩だし、優しい彼は断れなかったんだろう。 「...ごめんね」 小さく呟いて、なんとか足を動かしてその場を後にする。 胸の奥がチクリと痛んだのを、モヤモヤする気持ちを、無理矢理押さえ込んで蓋をした。 楽しい時間は、本当にあっという間だ。

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