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第10話 お久しぶりです。
『今日、行けない。ごめんね』
毎日、約束をしていた訳ではない。
こうして連絡する必要もあるのか分からない不思議な音楽室での逢瀬も、Lime1つで終わってしまう。...俺が薄情なのか。
はぁ、とため息をつく。
音楽室へ行かなくなって5日目。
なんとなく、気まずくて行けなくなってしまった。松木君からは律儀に毎回返信くれるし、他愛もないやり取りもするけど、見えない壁ができたように感じる。それを寂しく思うのは、初めてできた仲のいい後輩だからだろうか。そして、寂しく思うなんて...自分勝手だ。
「優羽」
裏庭にも行けず、山根たちと別れて歩いてると呼び止められる。
「...圭人」
久しぶりに、見た。
ぎこちない笑顔を浮かべ、そわそわと落ち着かない様子で近づいてくる。
「...今、1人?」
山根と凛がいないかと気にしているようだ。
「1人だよ。...圭人も1人?」
我ながら嫌味っぽいな、と思いつつ口にすると、圭人は困ったように眉毛を下げて笑った。
「...ちょっと、話しよう?」
頷いて、圭人の後をついていく。
前を歩く圭人の背中を見る。少しなで肩なその後ろ姿をぼんやりと見やる。
...そこにいない人の背中を思い浮かべて、比べている自分に気づいて首を振った。
着いたのは空き教室だった。
「久しぶり、だね」
圭人とは少し離れた場所に立ち止まった俺は頷いて、自然に開いた圭人との距離を改めて実感した。...あの頃とは違うんだと、そう思って。
「この間は...その、」
頭を掻きながら、圭人は気まずそうに目を逸らしながら、この間女の子と一緒に居た事について話し出した。
結局はいつもの浮気で、本当に好きなのは優羽だけだと。離れたくない、と。
「...なに。それ」
「...ごめん。でも!本気なんだ!」
俯いていた顔を上げると、思いのほか近くに圭人が居て驚いた。二の腕を自分の思いをぶつけるように強く掴まれた。
「...っ、痛...」
「優羽。今まで散々浮気しといて調子が良いことも分かってる。何度も泣かせたのに、信じてもらえないのも...全部俺のせいだ。...最後のチャンスが欲しい」
熱のこもった瞳で、俺を見る圭人から目が離せない。掴まれた二の腕が熱い。
...でも、信じる事なんてできない。
ゆっくり首を振る俺に、圭人は悲しそうな瞳をした。
「優羽」
ぎゅっと抱きしめてくる。
久しぶりの圭人の胸は他人のようだった。
「...俺、頑張る。頑張ってまた...優羽の笑顔を俺だけのために...」
圭人の言葉がどこか遠くに感じる。
「...あいつには渡さない」
最後の言葉は聞こえないほど小さくて。
俺を解放すると圭人は俺の手に何かを握らせ教室を去っていった。
ぼんやりと、握った手のひらを開くとレモン味の飴が転がった。
俺の好きな飴だ。
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