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笑っていて欲しいんです。
ピリッとした空気の中、それでもどこか甘い雰囲気。
強い力で握られていた手はさらに力強く握られる。
「先輩」
「...はい」
「さっきは、いきなり、あんな事を」
『あんな事』で、キスしそうだったのを思い出して「うぁ...」と情けない声が出た。
「すみませんでした」
俺は自分もしたかったんだと、松木君だけ謝るのはおかしいので首を振って否定した。
「...惹かれているんです」
握られていた手の力が弱まって、松木君の大きな手が頬に触れた。
「初めて会った時から、先輩に惹かれています」
胸が、苦しい。触れられた所から、溶けていきそうだ。
「俺のピアノ喜んでくれて、俺の話楽しそうに聞いてくれて。先輩の笑顔を見ると俺、凄く嬉しくて胸がドキドキするんです」
「...」
「...先輩の泣いている所、俺、見た事あるんです」
悲しそうに眉毛を下げて笑う。
「え?」
「俺、守りたいって思いました。泣かせたくない。ずっと笑っていて欲しいんです」
優しい手つきで頬を撫でられて、松木君は はにかんで笑った。
ほんとうに、表情がくるくる変わる。
鼓動が、うるさい。
松木君の笑顔を見てさらにうるさくなる。
「矢作優羽さん。俺と付き合って下さい」
甘い柔らかい声が俺の上に降り注ぐ。
泣きたくないのに、目の前がぼやけてくる。
頬に触れている大きな手を上から触れる。
暖かい。暖かい。
「...俺、男だけど」
今更な確認。
「知ってます」
松木君は笑いながら頷いた。
「うん。でも、先輩がいいんです」
「...っぅ、」
堪えきれず、大きな瞳から涙が溢れた。
「お、れも、松木君が...いい」
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