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I fall in love:乱される気持ち④
***
その後デカ長さんのいろんな職務質問が終わり、保健室から脱兎の如く逃げてきた。
「ハラハラとドキドキを足した上に、ヒヤヒヤした感じを、いっぺんに味わった……」
俺の心の中を、まるで見透かした上での質問みたいで、ホントに神経衰弱した。水野といるときとは違う緊張感。ダテに年くってねぇよな……
フラフラしながら歩き、無意識にたどり着いた場所は、ガラスの割られた窓のある廊下だった。ガラスの破片と石は既に撤去され、窓ガラスがあった場所には、ブルーシートが貼り付けられている。
そのまま窓辺に近づき、石がどこから投げ込まれたのか、探そうと目を凝らしたら。
「矢野っ! 無事だったの?」
背後からの声に振り返るとクラスメートの女子、木下が心配そうな顔して、駆け寄ってきた。
「保健室に行ったって聞いたから……ケガでもしたんじゃないかと思って」
「俺は無傷。傍にいた刑事さんがケガしたから、連れて行っただけ」
「そうなんだ……」
胸に手を当てて、安堵感を表す。
「ん、悪ぃな。心配かけて」
「いやいや。矢野がいないと来週の古文のテスト、山がはれないじゃない。前回ドンピシャだったから結構、期待してんの」
「ああ。あれは偶然だけどね」
「偶然だろうと、私は期待してるんだから。じゃ明日ね」
まくし立てるように言って、パタパタ走り去って行った木下。その後ろ姿が見えなくなるのを見計らって、視線を窓辺の外に移すと、大きな茂みがガサガサ揺れていた。茂みの隙間から見える、見覚えあるスーツの色は、間違いなく水野の物だ。
(――あんなところで、何やってるんだか。アヤシすぎんだろ)
「おい、こら水野っ! 何、コソコソやってんだ?」
ガラッと窓を一気に開け放ちながら叫ぶと俺の声に驚き、慌てて立ち上がった水野のスーツは、中庭の草刈り後だったせいもあって、憐れに枯れ草まみれだった。
「ど、どこから石が投げられたのかなって、あちこち見てたら偶然ツンが来て、女の子と喋ってるトコに……遭遇した、というか……」
しどろもどろに答える姿に、呆れ果てながら答えてやる。
「確かに……。現場に何か、残されてるかもしれないもんな。お仕事、ご苦労様です」
ついでに、胡散臭い敬礼をしてやった。
他の刑事や鑑識だって来ていたのだ。余程の見落としがない限り、何も見当たらないだろう。
ため息をつきながら窓辺に頬杖をついて、冷たい眼差しで水野をみる。そんな俺の視線を一瞬受けてから、不自然に外して俯いた。
特徴のある不機嫌丸出しの、への字口をしながら――
「……声は聞こえなかった、けど」
「何だよ?」
「ツン、女の子と話すときって、優しい顔……するんだね」
「それが、どうしたっていうんだ。水野には関係ないだろ?」
「どうして俺と喋るときは、そんなに冷たいんだろう? 何か……怒らせることでも言ってる?」
無自覚で、俺をイラつかせてるのか。ある意味天才かも。
「何でかな。水野の顔が気に食わないからじゃねぇの?」
そう言うと、心底困った顔をする。
何だよその、捨てられた子犬みたいな目は。まったく――
「それよりも、ちょっとこっち来いよ」
窓辺から手招きすると、おずおず歩いて、傍にやって来た。相変わらず俯いたままに。
「もっと、傍に来いって。ほら、頭の上から、枯れ草まみれになってんぞ。払ってやるから」
いつもなら見上げている水野の顔が今は下にあり、ちょっといい気分。
「どこ、潜り込んだか知らないけど、大変なことになってるぜ」
苦笑いしながら、長い前髪に絡んでいる草を取るべく払ってやる。
「ねぇツン、払ってるというより、叩いてる気がするんだけど?」
「しょうがないだろ。変に絡んで取れないんだから」
俺がもう一度、髪に触れようとした瞬間、右手首をぎゅっと握られた。
「水野……?」
「俺は、翼が好きなんだ。だから……優しくして欲しい」
さっきまでおどおどしていた態度はどこに。俺を見上げて、射抜くように、じいっと見つめてくる。
掴まれてる右手首が、じわりと水野の熱で侵食されていって、その熱がどんどん体に伝わり、俺の頬を赤く染めた。
「なっ、男子高校生に向かって、何言ってんだっバカ! 俺は、山上ってヤツとは違うんだよ」
「山上……先輩の話、デカ長から聞いたの?」
少し震えた声色で聞いてきた。眉根を寄せながら切ない顔をする姿に、思わずドキッとする。
掴んでいる水野の手が一気に熱くなったせいで、伝わってくる熱に当てられ、俺の思考回路がショート寸前になった。
「ちょっとだけ話、聞いた。水野を庇って死んだんだってな……」
くっと息を飲む水野の顔には、悲壮感が漂っている。俺は目を逸らせないまま、淀みなく話を続けた。
「デカ長さんに、あのバカのことを頼むって言われたけど、絶対無理ですって断ったから。俺は山上ってヤツみたいに、水野を守れるような立派な人間じゃない」
逆に俺は、水野に守られてしまった。出来の悪い自分が、本当に情けない――
「水野……勘違いしてんだよ。図書室で言ったよな、先輩に似てるって。似てるから俺のこと……好きになったんだ、きっと……」
「翼!?」
「生憎、俺は男に興味ないから。落とされてたまるか、まったく!」
掴まれてる右手首を強引に振り解き、ピシャリと窓を閉め、振り返らずに廊下を歩いた。
逃げるように歩きながら、掴まれていた右手首を思わず、そっと撫でてみる。水野の熱がまだ残っているのか、脈が早鐘のように打っていた。
胸が……心が苦しいのは、何故なんだろう? 射抜くような水野の眼差しが、頭から離れない――
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